(2003年10月7日掲載)
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 松崎高創立80周年
遊び心で献立に新風
 朝倉 穂積 (県食衛協西伊豆支部長=昭37卒)
ランチタイムの調理場に立つ朝倉穂積さん=松崎町江奈の松崎プリンスホテル

 エスカルゴの代わりにサザエ、薫製にはキングサーモンよりキンメやメダイなどの地魚。桜葉は生産量日本一の松崎らしい香りのアクセントになる。「西伊豆の海山に素材はあふれている。まだまだ新しいメニューが生まれるだろう」。

 朝倉穂積(昭37卒、西伊豆町仁科)は西豆地区の調理師が加盟する県食品衛生協会西伊豆支部長と松崎プリンスホテル調理長、二つの要職に就き、西伊豆らしさで観光客をもてなす地場産品料理の開発、普及に知恵を絞る。

 専門はフレンチ。「今は一億総グルメ。本格的なフランス料理がどこでも気軽に食べられる。素材だって都市に集まるのが現状」。朝倉は危機感を抱く。「新鮮さ、おいしさは当たり前に求められる。そこに珍しさ、発想の新しさを加えていかないと、リピーターはつかめない」。

 支部では料理コンクールを年一回開催するなど、飲食店や旅館、民宿に向けて新献立を提案している。「あまり構えず、遊び心を大切にしながら、ちょっとしたアイデアを形にしていけばいい」。二代目の若手民宿経営者らも巻き込んだ地域全体の士気高揚、レベルアップを探る。

 松高三年。朝倉の大きな転機だった。既に美容専門学校に進学が決まっていたが、卒業を目前にして大病を患った。急に相撲が弱くなったことで気が付いたその病は、骨が侵されるカリエスだった。奇跡的に二年間の療養、手術で快癒したが、朝倉は進路を見失い、しばらく頭を悩ました。

 出した答えが調理師の道。「中学のころから料理が好きだった。好き嫌いが多くて、自分好みの食事をよく作った」。プリンスホテルに入社して東京、下田などで一心不乱に修行を重ね、調理場の頭に上り詰めた。回り道を強いた病だが、結果的に天職に導く過程だったのかも知れない。

 青春時代の闘病、調理場での厳しい修行。朝倉がその中で築いてきた人生信条は「感謝と思いやり」だ。朝倉の歩みを知ると、より重みのある言葉として響く。「松高生もその心を忘れないで」。朝倉は願う。

(文中敬称略)
―火、水曜日に掲載します―


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