| (2003年10月15日掲載) |
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| 松崎高創立80周年 |
同窓会長、創立八十周年記念事業実行委員長三矢進(昭26卒)は一日の記念式典を終え、誇らしげな表情を見せた。「なかなかやるものじゃないの。式典中に微動だにしない生徒たちの真剣な姿勢、生き生きとした目の輝き。青春万歳!」。 三矢は記念事業の狙いの一つに「同窓生たちが若かりし青春時代のエネルギーを思い出し、新たな自己啓発、社会貢献の原動力にしてほしい」と思い描いていた。生徒会企画第二部式典は同窓生の心を刺激するに十分な迫力に満ちていた。 脳裏には一昔前、一時荒れていた松高の様子が浮かんだ。「自己主張が内なるものより、外見にという時代の波に、子供たちも流されていた。校歌斉唱もむなしく伴奏だけが響いていた。それが今は見違えるよう」。三矢の心は震えた。 後輩かわいさだけの賛美ではない。事実、松高生の学習姿勢、校外での良識ある振る舞いには定評がある。高卒求人が厳しさを増す中、昨年まで秋には早々と四年連続内定100%を決めたことはその表れの一つで、全国的に注目されている。 「近年、社会奉仕活動や職場体験、校内行事などを通して、地域との触れ合いが濃密さを増してきた。生徒たちが見られる目を意識し始めた」と三矢はみる。「同時に地域からも松高の様子が見えるようになり、信頼関係が深まっている」。 三矢自身はそんな誇れる生徒たちの姿に自らの青春時代を投影した。野球漬けだった毎日を。 三矢が入学した年、松高野球部は一、二年生二十人弱で創部。投手と外野手を兼任した。戦後の貧しい時代、ボールは授業中にも手縫いし、スパイク代わりに地下足袋を履いた。ただただ夢中で白球を追い掛け、甲子園を夢見ていた。 「五十年余前を思い出し、大きな力を得た気がする」。三矢は深くうなずき、そして、感謝の思いを込めて松高生にエールを送る。「八十年の節目は再出発の年。“求めて学び耐えて鍛えよ”の精神を永く引き継ぎ、さらなる飛躍を」。
(文中敬称略)
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| ―火、水曜日に掲載します― |