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第1章 OBたちの思い(6)

(2002年11月7日掲載)
途上国で農業支援活動
清水 理さん

ボリビアでマカダミアナッツの接ぎ木を現地の農場管理人に指導する清水さん(左)
 県立農林大の非常勤講師、清水理(昭33卒、三ケ日町)の授業は「生産組織論」。農業組織の設立から振興のための事業戦略までさまざまなノウハウを教える。学術研究には縁が薄い分野だが、三十年間のJA勤務経験を交えて進める授業は「話題の範囲が広く、実践的」と学生から好評だ。

 農業科卒業後、柑橘(かんきつ)専任技術員としてJAみっかびに就職。当時、国有林の払い下げで農地が広がり、ミカン栽培の基礎をつくる時期だと判断し、後継者養成機関として「静岡柑橘研究会」を設立。十年間、後進の指導と土地特有の課題を克服する技術研究に努め、地元農家に還元していった。

 その後も早生(わせ)ミカンの中から新ブランド「ミカエース」を世に出し、傾斜地の園地では使いづらく、敬遠されていた防除機を導入するなどさまざまな場面で固定観念を壊しながら、特色ある産地づくりとPRに奔走した。

 仕事は充実していたが「もっとやれることがあるのでは」と五十二歳で退職。平成七年から数回に分けて国際協力事業団派遣専門家としてブラジル、ボリビアで果樹柑橘の栽培技術の開発研究や普及に従事。言葉も文化も違う人々と接し、価値観が大きく変化した。

 JA時代も今も、見方を変えることで状況を打開してきた。「思い切ったことをするときはよく考えて、一気に進める」が信条。高校時代、農業クラブ測量全国大会では自らのミスで優勝を逃した。「慎重になったのはそれからかも」と振り返る。

 【校史メモ】町単独での甲種学校運営は、施設の充実や管理維持など財政面で実現が難しかったため、県は昇格を認めず、五、六町村の組合立にして安定した財政力と基盤を持つ経営を求めた。これを受け、学校関係者は急きょ組合設立の準備や先進地の視察に取り掛かり、同町と関係の深い東浜名、知波田など近隣四村に出向いて訴えた結果、五ケ町村合同の一部事務組合(学校組合)が設立された。そして戦争さなかの昭和十八年、県内のほかの五校とともに甲種に昇格した。

(文中敬称略、題字「自彊不息=じきょうやまず=」は後援会長の鈴木浩太郎三ケ日町長)
(水、木曜日に掲載します)


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