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第3章 地域と歩む(2)

(2003年1月16日掲載)
伝統受け継ぐミカン園
農業教育

学校ミカン園では生徒たちが収穫作業などに取り組み、地域産業に触れる=三ケ日町釣  
 三ケ日高北側の釣山にある約二ヘクタールの学校ミカン園。元は柑橘科の実習場だった同園では現在、生徒たちが収穫作業などを行い、農業教育が盛んだったころの名残を受け継いでいる。生徒への指導なども行うPTAの「ミカン園運営委員会」は地元の専業農家九人で構成。メンバーの中には、柑橘科の卒業生も多く、当時の様子を懐かしみながら、園地の整備に当たっている。

 「自分たちが実習をしていたころはまだ環境も悪く、ヘビが出たりハチに刺されたこともありましたよ」。柑橘科一期生の河合二三雄(昭41卒)は、在校当時の思い出をこう語る。ミカン園の土地は柑橘科の前身である農業科の時代に整備され、同校農業教育の中心的な役割を担ってきた。

 しかし、柑橘科閉科とともに、使用頻度は減少。河合は平成に入ってPTA会長の職を受けた縁で、再整備を学校に進言。最新の作業車が通れるようにしたほか、わせと青島のミカンの木を百本ずつ新たに植えた。

 運営委員会が発足したのもこのころ。河合と作業を共にした夏目八郎(昭41卒)は「生徒たちに地元の代表的な産業に触れてもらいたいとの思いがあった」と振り返り、「われわれにとって思い出深い場所が今でも使われているのはうれしい」と喜ぶ。

 現在、生徒たちは定期的に草刈りを行っているほか、十一月にはわせ、十二月には青島ミカンの収穫に取り組む。本年度運営委員会の委員長を務める清水和剛(昭49卒)は「作業を通じて、ミカン産業に対する生徒たちの好奇心が高まり、次の時代の担い手となる人材が出てきてもらえれば」と期待する。

 【校史メモ】農業クラブが全国で大活躍したころ、学校全体も発展成長を遂げた。創立三十周年となった昭和二十八年、木造二階建ての特別教室が建設された。三十年には運動場を拡張、三十六年には鉄筋コンクリート二階建ての図書館兼視聴覚教室も完成した。いずれも地域や関係団体の協力が大きかった。

(文中敬称略、題字「自彊不息=じきょうやまず=」は後援会長の鈴木浩太郎三ケ日町長)


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