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昨年六月、富士宮北高で開かれたインターハイ県予選。試合直前になって顧問の市川貴、主力の佐野甲子郎(二年)らはまわしに所定のゼッケンを付け忘れたことに気付く。慌てた市川らは持ち合わせの布にマジックで「宮農」と書いた。急造ゼッケンは他校の選手の笑いを誘ったが、初めての大会ですっかり上がっていた佐野らは全く気にならなかった。 富士宮市は県内でも相撲が盛んな土地柄。土俵を持つ中学校も少なくないが、高校の部活動で相撲部があるのは富士宮北高だけだった。平成十年に着任した体育教師市川貴は、教頭加藤純男とともに相撲部の設立に動く。
相撲部の前身、相撲同好会は平成十一年四月に発足する。佐野のほか、岩田卓也、小松京平、四條大輔(二年)の四人が名を連ねた。いずれも市川らが目を付けた新入生だった。 練習はほとんどが基本と体力づくり。腕立てや筋肉トレーニングを続け、しこやすり足、押しなどを繰り返す。ほぼ毎日、富士宮北高の土俵に通い、北高生と合同練習をした。二十代前半の国体選手やアマチュア選手が胸を貸してくれることもあった。高校生同士でけいこするより中身は濃く厳しい。鍛えられた分、力も付いた。
整った相撲環境にもかかわらず、試合は「出ると負け」状態が続く。ようやく十一月の新人戦県大会個人で佐野が六位に入賞した。 今年四月には、同好会から相撲部に昇格。全国大会出場経験を持つ高田金佳(一年)が入部してきた。新人戦個人で佐野は優勝候補の焼津水産高選手を破って四位。四條は五位だった。だが、団体は思い通りの試合展開ができなかった。 部長の佐野らが掲げる目標は“全国”。「土俵では歯を見せるな」と声が飛び、ぶつかりけいこも熱を帯びる。「相撲は技術よりも、真っ正面からぶつかる心、前に前に出ようとする精神が大事」と説く市川は、相撲を通して精神を貫くことを教える。(文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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