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ブラスバンド部の発足は昭和三十八年と比較的遅い。当時宮農には音楽の授業もなく、前年に初の一勝をあげた野球の応援も太鼓を打ち鳴らすだけ。「流行歌が好きで、音楽をやってみたかった」という部長小島充義(昭41卒)ら八人の一年生が名乗りを上げた。中学からの楽器経験者は谷本泰昭(昭41卒)ただ一人。谷本が楽譜の読み方から楽器の扱い方まで一通りの指導をした。
この年初めて、校内行事以外の初舞台を踏む。富士宮北高で開かれた「富士地区合同音楽祭」だ。難度の高いスッペの「軽騎兵序曲」に挑戦し、見事金賞に輝いた。「朝、昼、夕方と皆が熱心に練習した。団結力があったからこそ、一つの音に合わせることが出来た」と小島は振り返る。小島ら発足当時の部員は、卒業後もアマチュアバンドなどで活躍した。 平成五年、全日本吹奏楽コンクール小編成の部でブラスバンド部は東部大会、県大会を金賞で通過し、土岐市で開かれた東海大会で銀賞を受賞した。曲目はノルドグレン作曲のピアノ曲を当時の顧問青木保文が吹奏楽用に編曲した「小泉八雲の『怪談』によるバラードより無間鐘」。島崎信宏(平7卒)ら打楽器奏者の高いレベルに注目し、チャイムやグロッケン、和太鼓などさまざまな打楽器で寺の鐘の音や和の音を表現した曲に仕上げた。練習を休むことがないほど部員は熱中し、少人数だからこそ息の合った演奏を見せた。 平成六年、七年ともに、小編成の部で東部大会を金賞で通過、県大会に進んだ。 平成八年以降は部員の数が減り、ほぼ活動停止の状態になってしまう。 百周年を目前に、校歌の演奏や、式典に参加したいと本格的に活動を再開したのは昨年春だった。文化祭のステージに立ったほか、一月に富士宮市民文化会館で開かれた「農業クラブ県大会」でも出場校を代表し、審査の待ち時間にポップスや吹奏楽曲などを披露した。二学期にはバスクラリネットやバリトンサックスなどの楽器を新調し、音域の幅も広がった。 今夏は五年ぶりにコンクールに戻った。曲目はシュワリンゲン作曲「センチュリア」。音楽講師丸川正剛の指導で基礎から練習を積んだ。結果は満足できるものではなかったが、コンクールの後には強い達成感が残った。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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