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学校農業クラブは生徒の主体的な学習を促進し、将来の農業経営者を育てることを目的に昭和二十五年に発足し、全国組織の「日本学校農業クラブ連盟」の設立と同時に活動を始めた。
大会の種目は大きく分けて四つある。研究成果をまとめて発表する「プロジェクト発表」、学習から得た経験などを述べる「意見発表」、訓練を重ねて本番で技術を発表する「技術競技」と「農業鑑定」。プロジェクト発表と意見発表は校内で代表者の選考大会が行われ、県大会、関東大会、全国大会とこまを進める。技術競技会と農業鑑定は、校内の優秀者に技術を磨かせ、勉強を重ねた後に全国大会などへ出場する。 宮農生は学校農業クラブ発足当初から、多くの分野で優秀な成績を残している。昭和四十四年、渡辺玉江(旧姓秋山、昭45卒)は「わが家の農業経営とその改善」をテーマにした意見発表で県大会を最優秀で通過、全国大会で優秀賞に輝いた。渡辺は「担任をはじめ、さまざまな学科の先生が助言や協力をしてくれた。全国大会まで出場したことで、教師や共に出場した仲間、全国の高校生と交流が広がった」と貴重な経験を懐かしむ。 プロジェクト発表は四十七年、「寝たきり老人の寝間着の改善」をテーマに生活クラブが県、関東大会を通過して全国大会に出場し、優秀賞を受けた。 四十九年には、農業鑑定農業土木部門で神山秀紀(昭50卒)が全国で最優秀賞。六十二年には、農業鑑定農業土木部門で小林隆秀(昭63卒)が全国大会にこまを進め、最優秀賞を受賞。静岡市で全国大会が開かれた五十三年には、生活クラブが「酪農家の作業着の研究その三 冬期の搾乳時の補助着について」をテーマにしたプロジェクト発表で全国最優秀賞に輝いている。 学校農業クラブは生徒の「科学性」「社会性」「指導性」の三つの力をはぐくむ。成績優秀者に限らず生徒がそれぞれの得意分野を見つけ、発揮することができる。校内で選ばれた代表者が全校生の注目を集めながら上の大会を目指すことで自信をつけていく。農場長の松井正樹は「学校農業クラブが学校を育ててきた。学科編成が変わっても、学校農業クラブの活動はずっと続くだろう」と強調する。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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