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 富士農友会 

物心両面で母校支える

 昨年十一月十八日、富士宮市民文化会館で開かれた創立百周年記念式典。卒業生や在校生、関係者ら約千人が会場を埋め、実行委員長の遠藤忠義(昭18卒)と富士農友会長柏木昭二(昭20卒)は目頭を熱くした。

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卒業生、在校生、関係者らが世代を超えて作り上げた創立100周年記念式典=平成12年11月、富士宮市民文化会館
 遠藤は「百周年という一つの目的のために卒業生が世代を超えて団結できた。母校愛をひしひしと感じた」と語り、柏木も「学校の変容や近代化の過程を振り返ることができ、新しい百年を歩む勇気が持てたのではないか」と感激を新たにする。

 富士農友会は昭和二十三年に設立された同窓会組織。卒業生が参加し、学校運営を資金、人の両面から支え、周年行事の母体となる。百周年では平成七年に実行委員会を立ち上げ、記念誌編集や式典の準備などに取り組んできた。

 卒業生に広く声を掛けて集めた資金は、百周年を記念して始まった在校生の海外研修や記念図書の寄贈、彫刻家重岡建治氏によるブロンズ像「青春謳歌」の制作などに充てられた。地域社会に生涯教育の場を提供する「農業開放講座」への協力などにも携わった。

 農友会は地区ごとに配置した約七十五の支部で構成。地区の支部長がその土地に住むさまざまな年代の卒業生をまとめる。主な活動は、年二回の役員会で決定する。これまで県内高校では二番目になる農業土木科の新設(昭和三十八年)に尽力し、四十五年には部室棟を建設、五十六年に生活館の設置など、環境の整備に心を砕く。

 初代会長は渡辺福太郎(大4卒、故人)。富士宮市農協の組合長を長く務め、豪快な気質の人徳者だった。会長は昭和二十三年から四十二年まで約二十年に及んだ。前任者からの指名で決定する会長の第二代には県会議員経験を持つ大村光男(大13卒、故人)が選ばれた。

 第三代遠藤虎松(昭5卒)は、昭和五十七年に就任。平成二年の創立九十周年記念式典に向けて指揮をとり、約四年間かけて体制を整えた。体育館北側に記念庭園を建設し、農場を整備するための資金集めに奔走した。

 式典当日は歴代校長や創立者の子孫、地域関係者らも招いて大規模な行事を成功させ、平成三年に会長を退いた。遠藤は「長い期間務めたが、各支部の卒業生や学校職員らが連携し、どの事業も計画通りに進んだ」と振り返る。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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