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浅間大社を中心とした門前町ふうの街づくりを目指す富士宮市役所の「中心市街地活性化プロジェクトチーム」。統括するのは、平成九年五月から助役を務める中村伸介(昭30卒)。
職員時代に一番思い出に残った仕事も昭和四十九年ごろから計画、実行した富士宮駅前広場などの都市基盤整備。「当時は社宅や商店、旅館などが密集しており、事業を理解してもらうために足しげく各戸を回った」と振り返る。 中村は富士宮東高に入学したが、酪農家の兄の薦めで獣医を目指し、二年次に宮農に転入。しかし、興味は法律へと移り、中央大法学部に進んだ。市では総務、経済、企画部長を歴任した。何事にも果敢に挑戦する姿勢は周囲からも評価が高い。「高校時代に労を惜しまず、肌で学んだ『実学』が今も生きている」と胸を張る。 前嶋範由(昭34卒)は富士宮市保健福祉部長。現場主義に徹し、市清掃センター建設、市街地区画整理などの大事業では地域住民とひざを突き合わせ、円満な行政運営に心を砕いた。ことし定年を迎える前嶋は四十年間の公務員生活を振り返り、「昔に比べて行政に対する信用は薄れたし、地域とのつながりも弱くなった。行政運営はますます難しくなるだろう」と懸念する。 消防畑一筋に歩んできたのは、富士市消防長勝又利行(昭34卒)。昭和五十四年には富士市内の海岸で座礁した貨物船ゲラティック号の乗員救助に当たり、台風で荒れ狂う大波を避けながら、今にも倒れそうな船体から四十二人を助け出した。建設計画段階から携わってきた市消防防災庁舎の落成式(三月二十七日)が定年の花道を飾る。 高野憲偉(昭35卒)は平成十一年から富士市建設部長。市役所内の同窓会「宮農会」(三十一人)の会長も務める。 富士宮市は議会事務局長塩川哲章(昭35卒)、監査委員事務局長寺田佳正(昭35卒)、農業委員会事務局長若林英雄(昭35卒)ら。富士市には部参事兼環境衛生課長渡辺和三郎(昭35卒)、部参事兼みどりの課長望月国守(昭35卒)、部参事兼区画整理課長池野保(昭35卒)ら。ともに地域の発展に力を尽くす。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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