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経済地理学が専門の早稲田大講師、元東京農大教授笠井文保(昭21卒、旧姓渡辺)は太平洋戦争のまっただ中を富士宮農学校で過ごした。軍事教練に明け暮れる毎日だったが、笠井には研究者人生への転機となる出会いがあった。
学生はある日、静かな笑いを浮かべながら、「時間を大切にね。勉強しなさいよ」と声を掛け、そして姿を消した。その後の消息は今も分からない。学生のその短い言葉は笠井に重くのしかかり、反戦の思いを強くするとともに学問への意欲を駆り立てた。 笠井は東京農大、同大学院へ進んだ。以来、「人と物との要素に空間的要素を加えて経済活動の特色を研究する学問」と定義される経済地理学に没頭する。対象は農作物に限らず、目下のテーマは「和紙の歴史と地理学」。紙すきの技術がどう伝わり、どんな地域で文化を発展させたのか。全国各地を歩いて調べ上げている。 七十二歳の今も東京・成城の住宅と長野県軽井沢の別荘を行き来して、研究にまい進する。粋(いき)に和服を着こなし、繰り出す会話には切れがある。 中国・河北師範大生物系名誉教授の肩書を持つのは金指信夫(昭20卒)。県農業試験場園芸部長、東部園芸分場長などを務めた野菜や果樹の栽培、品種改良のプロだ。 金指は農業改良普及員として富士地区に勤務していた昭和二十四年から四十年に掛けて、当時、先進的だったイチゴの養液栽培(土を使わない栽培方法)を導入、管内の生産者に指導して回り、昭和四十年代の富士地区のイチゴ栽培全盛期の基礎を築いた。その後、「しずたから」「しずのか」などイチゴの品種改良を次々と成功させていった。 平成十年、中国政府と日本国内企業の合同農場を立ち上げるスタッフに推薦され、一年間、北京でイチゴとメロンの養液栽培を指導した。「最後の夢として異国の地に新技術を根付かせよう」と、金指の研究者精神が燃えた。名誉教授の肩書はそこでの成果を認められた“勲章”だ。 このほか、日大教授平岡市三(大4卒、故人)、静大名誉教授渡辺安夫(昭20卒、故人)らがいる。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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