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バッジは学年色の布に校章をかたどった学帽の耳章を留めたもので、入学式から承認式まで胸ポケットに付ける。八年ほど前から、新入生の若葉マークとなった。投げたバッジは自治会が回収し、翌年、再び新入生に配る。 一年生の伊海翔、小川真広、杉山由展はバッジを取った時のことを「解放的な気分」「練習を乗り越えられてうれしかった」と口々に話す。耳慣れない漢語調の計八曲を頭にたたき込まねばならない上、応援団の迫力に圧倒されっぱなし。遅刻や服装の乱れも厳しく注意される。小川は「応援団が回ってくると、歌詞が頭の中から飛んでしまう」と威圧感を覚えたことを隠さない。 歌詞を間違えれば、即正座だ。“正座組”は放課後も指導を受ける。応援団長の大石自身も、「一年生の時、一回だけ正座したがショックだった」と苦笑する。 中学生気分を払しょくし、東高生として迎え入れるための通過儀礼と位置付けられている。「毎年、練習の最後まで六、七人が残るが、応援団が一緒に歌って合格させる」と生徒課長の教員岡部敬武は話す。伊海は「合格して応援団が“おめでとう”と言ってくれた時が一番うれしかった」。先輩の厳しさは格別だが、東高生として認められ、スタートラインに立つ喜びは大きい。大石は「努力して、最後にやっと合格できた一年生の方がうれしそう」と頑張る後輩の姿をしっかり胸にとどめている。 かつて制帽は、男子全員の着用が義務化していた。昭和四十四年、着用自由化が決められたが、上級生と区別するため一年生には義務づけた。耳章は制帽に付けていた。岡部は「平成四、五年あたりまでは先輩から帽子を借りていたが、借りるあてもなくなり、学校に余っていた耳章を利用するようになった」と記憶をたどる。
(文中敬称略)
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