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ことし四月、富士宮市の北山工業団地に茶系飲料専門の「富士山工場」を開設、ペットボトルのブレンド茶や麦茶を次々と送り出す。「工場の井戸から汲み上げている“富士山の純水”使用が人気を集めている。ことしの猛暑で売上げも好調」と笑顔がこぼれる。 佐野は三島市南田町出身。大岡信(詩人)とともに三島南小から沼中に進んだ。根っからのスポーツマンで、沼中では剣道と相撲に取り組む。「終戦間際の軍事教練と戦後の混乱で身を入れて勉強に取り組んだ記憶はない」という。進学した慶応大ではボート部に入り、三年の時には全日本レガッタ選手権で優勝。練習場所の隅田川のほとりにアサヒビール吾妻橋工場(現本社)があったのが縁で入社した。「学生時代、ビールは高級品で、全日本レガッタの優勝カップで初めてビールを飲んだ。それまでは酎ハイしか飲めなかった」と振り返る。 アサヒビールでは営業畑を歩いた。「朝出勤しても本当の仕事は夕方から。居酒屋を一軒一軒回り、アサヒを売り込んだ」。沼中の同窓会のたびに自社ビールを大量に差し入れ、宣伝を欠かさなかった。“ドライ戦争”に勝利後、副社長に就任。平成八年からことし三月までアサヒ飲料の社長、会長を務めた。 沼中時代の仲間やふるさとへの思いも熱く、東京香陵会会長や三島せせらぎ大使を務め、日本ボート協会長の要職もこなす。当面の仕事は二〇〇五年に長良川で開かれるボートの世界選手権。「アジアで初めて開かれる大会なので成功させたい」と今から準備に追われる。スポーツを通じて醸成される人間関係の重要性を強調し、「一生懸命スポーツに打ち込むことが切磋琢磨につながり、その間に培った人脈が今も生き続けている」と力を込める。若手社員には「高い志を持ち、中身の濃い人間関係のネットワークをつくってほしい」と訴える。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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