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第2部 輝く

長倉三郎
(理学者)

「考える楽しさ」が原点

「足腰が強いのは自転車通学のおかげ」と若々しい笑顔を見せる長倉三郎さん=神奈川県川崎市のKAST
 「自分の好きな道を進んできてこんな栄誉を頂き、感慨無量です」。平成二年十月、長倉三郎(昭13卒)は文化勲章受章者に選ばれた喜びをかみしめた。電荷移動理論の新しい基礎概念を提唱し、分子科学の新たな研究分野を開拓した一方で、岡崎国立共同研究機構や総合研究大学院大学などの組織づくりをはじめ、研究環境の整備に貢献したことが高く評価された。

 長倉は「二十一世紀の日本には、一見矛盾する要素を調和させる“複眼的視点”が必要だ」と強調する。「技術者として活躍できても独創的な仕事が生まれないのは、学問の総合性が欠けているから。かつては理科専攻でも、西田幾多郎の『善の研究』を当たり前のように読んだ」

 現在、理事長を務める神奈川科学技術アカデミー(KAST)は、基礎と応用、地域と地球規模といった両面を重視する産官学連携の研究・教育施設。持論が生きている。

 長倉は大正デモクラシーと軍国主義がせめぎあう昭和初期を、沼中で過ごした。「二つの価値観がぶつかる緊張感の一方、学問的な成果に対して尊敬を払った時代」と振り返る。

 沼津市柳沢生まれ。片道八キロの道を雨の日も自転車で通った。数学の教員伊藤新七郎(故人)と出会い、幾何の難問で頭をひねるうちに考える楽しさに目覚めた。「幾何は補助線をどこに引くかがポイント。線の引き方に気付き、正解した時の満足感が忘れられない」。論理的な思考、一つの解にたどりつく喜びが研究者へと導いた。

 忘れられない級友に古谷弘(昭12修、故人)がいる。四年で一高に転じて東大に入り、理論経済学者として歩み始めたが、若くして亡くなった。「先生から“古谷のようになれ”とはっぱをかけられていた。生きていれば世界的な学者になったはず」と惜しむ。

 効率や経済が優先され、夢やロマンを見失いがちな時代。長倉は「自然科学の中にはまだまだ挑戦するものがある」と目を輝かす。「物を考えるためには孤独に耐えることが大切。じっくり本も読んでほしい。情熱を持ち勇敢に挑戦することを忘れないで」と後輩たちに呼び掛ける。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

掛中・掛西百年史 榛原高校百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年

引佐高の百年 田方農高の百年

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