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オゾンは有害な紫外線から地球の生物を守る。二年後、英国が「フロンからできた塩素化合物でオゾン層が破壊される」と学会で発表し、フロンガス規制が地球規模で始まった。星合は「端緒はつかんだが、体系付けられなかった」と悔やむ。 「日本は明治維新で二百年近く遅れて西洋科学を取り入れた。その後は先端ばかりを追いかけてきたから、しっかりした基礎を持ち得なかった」。宿命を痛感している星合には、“まだやっているの”などの軽口は「寂しいことであり、困ったこと」に映る。 雪と氷、砂と岩の昭和基地で生物担当、その後三度の観測隊長として通算六年間暮らし、国立極地研究所長を務めた。きっかけは東北大の先輩が南極から持ち帰った“色の付いた氷”。「顕微鏡でなければ分からないケイ藻が付着していた。なぜ冷たい氷の中で生きているのか興味が沸き、現地に行って自分の目で確かめたくなった」。 ケイ藻はナンキョクオキアミなど動物プランクトンのえさになり、海底に落ちればヒトデやナマコが食べる。注目を浴びたのがナンキョクオキアミ。「サクラエビに姿は似ていても味は比べ物にならないが、いつ何を食い、どう育つのかを知っておくことは将来の食糧確保に必要」と生態の解明を続けた。 星合は三島、沼津の五つの小学校を転々。「その代わり沼中では、顔見知りがいて心強かった」が、一年を二度経験し七年席を置いた。「持ち味の違う石内直太郎、弟の吉見両先生に人としてどう成熟するかを教えてもらった」と振り返る。ハンドボール部、新聞部、司法委員会と三分の一ずつ活動した 。 南極観測には星合のほか、江藤庸夫(昭29卒)=地震、藤井功(昭37卒)=医療、林田進(昭40卒、故人)=設営、石川慎吾(昭46卒)=生物=が参加し、十一月末には若林裕之(昭52卒)が四十三次の隊員=衛星観測=として出発する。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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