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第2部 輝く

原田眞人
(映画監督 )

国際舞台に評価求める

「狗神」を撮影中の原田眞人さん(右)と主演の天海祐希さん(左)=角川映画提供
 ことし二月、映画監督原田眞人(昭43卒)は、御殿場や三島、沼津でもロケしたホラー映画「狗神(いぬがみ)」でベルリン映画祭に乗り込んだ。世界三大映画祭への挑戦は初めて。「自信はあったし、上映会での反応や批評に手ごたえは十分だったが、選からは漏れた。来年以降は米国を中心に時々日本に戻るような形で、じっくりと映画を作ってみたい」。

 原田は、大手都銀の経営危機をリアルに描いたヒット作「金融腐食列島 呪縛」で国内の監督賞や作品賞を受け、映画監督としての地歩を固めた。しかし映画は興行の世界。さまざまな制約が伴い、半年で仕上げることも求められる。

 「米国なら企画や脚本が通れば、準備に時間を掛け、やりたいものが撮れる」と言い切る原田は米国にも居がある。「アジアブームであり、アジアの監督を欲している」というしたたかな読みが潜む。

 生家は沼津市大手町にあった旅館「みや古」。散歩の距離に映画館がいくつもある。祖父に連れられて行ったり、宿泊したロケ隊の縁で京都の撮影所をのぞくことも。「スクリーンの表と裏を見て映画の魔法にかかった。三つ子の魂百までもです」と屈託がない。

 中学時代は映画研究会に加わり、東高一年の秋からは映画ノートを付け始める。ノートはA4判、高校一年の秋から十五年余り続いた。鑑賞記のほか、ABCの三ランクで評価した。「封切が待てなかったり、沼津で見られないとなると、バイクで静岡へ。東京へも出掛けた」。年間二百本は見た。「時代劇なら大川橋蔵を主役に、こんなキャストにストーリーでとイメージを膨らませていた」。

 フリーランスで活動し、映画評論との二足のわらじが長い。米国には二十四歳で住み始め、ハリウッドや映画に関する記事を送った。今も行き来する。

 デビュー作は二十九歳の時に撮った川谷拓三や浅野温子が出演する「さらば映画の友」。狂気の映画ファンと十七歳の主人公の友情に、女性を絡めたストーリー。全編が沼津ロケで、「十九歳のころの自分が下敷き」。巨匠ハワード・ホークスへの敬意も込めた。「二十三歳の息子を使って作り直してみたい」と思うほどこだわりを持つ。

 柔道部員の原田は狩野川に架かる三枚橋を高歯の下駄で通学した。昨年、東京・隅田川のほとりの月島に居を構えた。「川の流れている街だとどこか落ち着くんだよね」。映画の虚実、場面転換と、川を渡る行為には相通ずるものがあるようだ。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

掛中・掛西百年史 榛原高校百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年

引佐高の百年 田方農高の百年

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