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第3部 支える

歴代校長(下)

伝統生かし新たな試み
 初のOB校長は十七代武田義諦(昭19卒)。「岡宮には潤いが必要」と「香陵逍遥の杜」の建設を提案し、生徒と教員が一緒に造園に励んだ。一方で二、三年生合同テストなど進学対策にも力を注いだ。

 新井義信(昭20卒)も同窓校長。六十一年四月には初の理数科生四十五人が入学した。新井は「新しい試みに手を付けるより、形を整えることに専念した」と振り返る。

 長藤利夫は沼中・東高に受け継がれる「沼東精神」を託す場として「香陵記念館」の建設準備に尽力した。「同窓会はもちろん、卒業生でなくても学校に入れ込んでくれる人たちに支えられていた」と話す。

 五月女武は通算で約二十年間、東高で教員生活を送った。平成二年に当時の県知事斉藤滋与史(昭11卒)が揮ごうした校名碑、四年には大岡信(昭22修)の文学碑を設置した。「素晴らしい先輩を輩出した学校で、豊かな内面をはぐくむことを忘れないで」との願いを込めた。

 須田纉夫は県内の全日制普通科・理数科初の単位制導入の準備に力を注いだ。九年から東高はセンター試験の試験会場になった。須田は「県東部は受験会場が少なく、静岡大や静高まで出ていった。そうしたハンディをなくそうと県に働きかけた」と明かす。

 織田元泰が着任した八年から単位制がスタートする。「戦後すぐの高校教育の原点に帰った。時代の流れに合わせて個性を伸ばす試み」ととらえる。桑原直躬も単位制の安定に腐心した。「教室や教員の数の問題などがあったが、何とか乗り切った」という。

 津田公男(昭35卒)は三人目のOB校長。各界で活躍する卒業生らの講話「職業観を育てる作戦」や、保育園での保育実習など新たな試みに取り組む。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

掛中・掛西百年史 榛原高校百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年

引佐高の百年 田方農高の百年

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