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麻生は東京都芸術劇場のモザイク、サンドーム福井の壁画など数々の作品を手掛けてきた。地元では沼津市立病院の中庭やロビー壁面、沼津市民文化センターのどん帳などがなじみ深い。 麻生作品の根底にあるのがモザイク。壁面や床に石やガラス、金属などの素材を埋め込む表現方法だ。起源は古代にまでさかのぼるが、麻生は「ドット(点)で描き、共同制作や復元が可能という点ではデジタル的」と二面性に着目する。 モザイクとの出会いは、東京芸術大で油絵を専攻していた二年の秋。東京・神田の古本屋で古代の床モザイク画集を見つけ、当時の生活費一カ月分をはたいて購入した。筆で塗る“表面的”な絵にはない力強さが衝撃的だった。 数日後、麻生は校内に画集で見たモザイクと同じ素材が捨てられているのに気付く。非常勤講師の矢橋六郎が、翌年から始まるモザイクの授業を紹介したデモンストレーションの残がいだった。「大理石や色とりどりの石のかけらが、雨に洗われ非常にきれいだった。画集を見た直後だけに、不思議な因縁を感じた」。翌年の矢橋の授業に参加し、モザイクにのめり込んだ。 麻生は、東高に入ったころは世界中を旅する船乗りに憧れた。体を鍛えようと体操部に入るが、新人戦に向けての特訓の際に鉄棒から落下。“休養中”に美術部に通い、芸大の先輩にあこがれた。高三の夏、芸大教授らが審査員を務めるコンクールに出品し、優秀な成績を収める。「これなら入れると思ったが、結局四浪」し、念願の絵画科に入学した。 「素材を絵の具のように、自由な表現をしたい」と創作に取り組む。ステンドグラスも絵画的表現にこだわれば曲線が増える。ガラスでの曲線表現は難しく、ロスも増えるが、「いい職人に恵まれた。作品の全体像がパッと見えた時は、不思議に物事がスムーズに運ぶ」と意に介さない。 二年前から宇都宮市大谷町に住み、沼津市庄司美術館の館長として沼津に通う。「大谷は石の採掘跡の洞窟がたくさんある。この素晴らしい空間を生かした作品展を準備している」と創作意欲は衰えない。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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