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鈴木は県ロサンゼルス事務所駐在を経て、商工、秘書畑を歩いた。商工労働、企画、総務の各部長を歴任。二度にわたる秘書課時代には斉藤、石川と二人の知事に仕え、「秘書のなんたるか」について薫陶を受けた。小柄ながらバイタリティーがあり、米国駐在中に腕を磨いたゴルフは県庁内でも屈指。沼東では軟式テニスと物理部に籍を置いた。「通学はげた履き。高原教室の企画を学生に任せるなど自由な校風だった」と振り返る。 県庁には鈴木をはじめ約二百三十人の沼東OBが在籍し、主要ポストに名を連ねる。県庁香陵会は総務部職員総室長川口正俊(昭40卒)らがまとめ役だ。 「肝試しで仲間とよく狩野川に架かる御成橋のアーチを登って渡った」というのは自治研修所長の落合克忠(昭36卒)。磐田市助役から復帰後は人事委員会事務局長などを歴任した。沼東時代はホッケー部で毎年インターハイ、国体に出場した。 当時、県内では珍しい弁論部で活躍した中部県行政センター所長の大内安(昭36卒)。林業・水産総務課長、県立美術館副館長などを歴任した。「60年安保問題などをテーマに弁をふるった。発声練習はもっぱら香貫山だった」と思い起こす。 このほか、水産試験場長の和田卓(昭35卒)、東部看護専門学校長の吉沢政雄(昭36卒)、長寿健康総室長の小野寺恭敬(昭40卒)、環境管理室長の勝俣正義(同)、港湾整備室長の矢島信孝(昭41卒)、農林水産部担い手育成室長の大島孝(昭42卒)、市町村行政室長の斉藤民夫(昭43卒)、情報政策室長の〓(石へんに刑)谷明正(昭44卒)、NPO推進室長の渡辺豊博(同)らが活躍する。 OBでは元県教育長の芝健(昭21卒)や元労働部長の花崎治夫(昭26卒)、元知事公室長や企業局長の宮川〓(さんずいに巴)(昭27卒)、元知事公室長の関根利朗(昭28卒)、元企業局長の谷沢清(昭29卒)らがいる。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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