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第6部 切り開く

製紙(下)三田 仁

“博物館”で文化を継承
紙の総合研究開発館の起工式であいさつする三田仁さん=長泉町
 「先人から受け継いだ自然や歴史、伝統文化、技術などの資産を次世代に伝えるのは、現代に生きる我々の責務と思っている」。ことし七月、紙の総合研究開発館(PAM)建設の地鎮祭で特種製紙社長の三田仁(昭13卒)は、構想十五年を経て着工にこぎつけた“紙の博物館”に万感の思いを込めて鍬(くわ)を入れた。「生活様式や価値観の変化で実用価値がなくなれば簡単に捨てられる時代だからこそ、失われていく文化遺産を守りたい」。

 特種製紙は大正十五年の創業以来、「研究・開拓・奉仕」がモットー。暮らしや文化を彩るファンシーペーパーの開発とともに、日本古来の紙文化の保護研究や、優れたグラフィック作品の収集・保存に努めてきた。その収蔵品は藩札や染型紙、古書籍、古地図、ポスター、版画など九万点に及ぶ。三田は「当社の技術開発の歴史や我が国の特殊紙の歩みを紹介するとともに、収蔵資料をテーマごとに展示していきたい」と抱負を語る。

 紙の総合研究開発館は創業七十五周年を記念して本社近くの旧総合技術研究所跡地に建設中で、来年五月に完成する。

 三田は東大大学院で製紙関係を研究したのをきっかけに特種製紙に入社。昭和五十四年に社長に就任した。売上高二百五十億円余の一部上場企業ながら役員は社長を含め五人しかいない。「今の時代はスピードが大切。全員が賛成するまで実行できなければ遅くなる。朝礼暮改はおおいに結構。やってダメなら元に戻せばいい。(役員が少なければ)無駄な仕事がなくなり、少数精鋭化していく」と信念を持つ。

 沼中時代はボート部に所属し、毎日、狩野川でオールを漕いだ。「極めて平凡な学生で、将来のことなどはあまり考えなかった」という。級友に文化勲章受章者の長倉三郎と元東大教授の古谷弘(故人)がいた。「二人とも本当に優秀だった」と振り返る。

 五人の取締役の一人三沢清利(昭42卒)は社長室統轄兼営業技術総本部副本部長。OBでは元常務取締役開発担当の酒井悌治(昭20卒)、元常務取締役岐阜工場長の江藤保(同)、元取締役三島工場長の佐伯忠夫(昭23卒)、元取締役開発推進室部長の松井保博(昭29卒)らがいる。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

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引佐高の百年 田方農高の百年

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