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第6部 切り開く

水産

安全でおいしい市場を
「日本一の魚市場を目指したい」と話す勝亦一強さん=沼津市内
 昭和二十五年、生鮮魚介類の物価統制令が解除され、自由販売が復活する。戦時中に沼津市長を務めていた勝亦干城(明42卒、故人)は、漁業者と仲買商や小売商らに呼び掛け、現在の沼津魚市場株式会社を設立。初代社長に就いた。

 干城は御殿場出身。三井鉱山を経て沼津市千本に住み、漁業を営む。「水揚げ高アップと魚市場の飛躍には外港が必要」と沼津港の整備拡充運動にも取り組んだ。二十八年、沼津市長選挙に出馬したが、選挙運動中に倒れて帰らぬ人となった。

 長男で現社長の一強(昭29卒)は当時、東高在学中だった。三十二年に入社し、現場作業員から始めた。沼津魚市場は、東京も商圏に含む産地市場であり、沼津のほかに伊豆を控えた消費市場でもある。近海物が水揚げされ、トラックで陸送品も集まる。近海沿岸漁業の基地、県東部の拠点市場、日本一のひもの生産地の三本柱で成り立つ。

 最近は魚の鮮度などを保つために、水揚げや出荷の際に殺菌冷却した塩水を掛ける研究に取り組み始めた。一強は「今はどこの魚市場も個性を打ち出してきている。日本一高い山・富士山と深い海・駿河湾を控えた、安全で魚のおいしい魚市場として売り出したい」と力を込める。

 沼津魚市場取締役の綾部恵市(昭47卒)は魚介類卸の綾市商店社長。M&A(合併・買収)で事業を拡大し、二年前には清水町卸団地、食遊市場に出店し、小売業にも挑戦している。綾部は「昔とは流通形態が変わっている。変化に対応していかなくては」と生き残りを模索する。

 削り節や花かつお、ペット用海産物などを製造する秋元水産。社長の秋元一寿(昭40卒)は安全と安心をモットーに品質・衛生管理に力を入れ、食品の総合衛生管理製造過程HACCP(ハサップ)の認証を取得した。「昔ながらの味へのニーズは強い。調理を楽しむ生活スタイルも生まれている。納得できる素材で品質を確保していく」と高品質商品にも積極的に取り組む。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

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