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第6部 切り開く

市民団体

水を軸に「環境」広げる
「まちづくりの先端を行く三島にしたい」と意気込む渡辺豊博さん=静岡市内
 平成元年、渡辺豊博(昭44卒)は月明かりの下、三島の町をほろ酔い加減で友人と歩いていた。市街地を流れる桜川に差し掛かり、渡辺は息をのんだ。「川底に生首がいくつも転がっている」。驚いて目を凝らすうちに、“生首”の正体はごみ袋だと気付いた。水の流れが途絶えて、ごみ捨て場と化し、辺りはヘドロの匂いが立ちこめていた。

 翌日、渡辺は幼いころから慣れ親しんだ水辺をオートバイで駆けめぐった。思い出の中に息づく「水の都」の面影は、どこにもなかった。「県職員として農業土木の仕事にのめり込んでいたが、壊れていく故郷の自然はまるで目に入っていなかった」。町の自然を再生しようとする渡辺の取り組みが始まり、二年後には三島ゆうすい会を立ち上げた。

 深良用水の研究で本を出すなど水の専門家。「水を軸に富士山、川、環境保護、まちづくりと自然に枝を張った」と渡辺はグラウンドワーク三島、富士山クラブなどの団体を掛け持ちする。大学時代にボウリング場清掃会社を設立するなどバイタリティーあふれるエピソードには事欠かない。「市民運動は水と同じで止まると腐り、発想が貧相になる」と渡辺自身も精力的に活動を続ける。源兵衛川を愛する会会長の佐伯忠夫(昭24卒)らも環境保護に一役買う。

 三島市国際交流協会副会長の小松幸子(昭39卒、旧姓冨田)は昭和六十一年、人種や年齢、性別などの壁を乗り越えた“地球人”を目指すグローバル文化交流協会の立ち上げに関わった。同会で県東部初の女性雑誌「DOORドア」を創刊するなど地域活動でアイデアを形にする。「人との出会いや自分で新しいものを考え出すのが好き」と楽しみながらの活動がモットーだ。

 栗原裕治(昭44卒)は平成十一年に設立した千葉まちづくりサポートセンター(ボーン・センター)副代表として、行政への提言やコミュニティ再生活動に取り組む。「地域通貨は全国に先駆けて取り入れた。試行錯誤の部分も多いが定着してきた」と手応えを感じる。「沼津は狩野川や千本松原など自然が豊かな土地。まちづくりにもっと生かしてみては」と故郷への愛着も強い。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

掛中・掛西百年史 榛原高校百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年

引佐高の百年 田方農高の百年

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