![]() | <81> | 2002年1月19日掲載 |
沼津垣は箱根山ろくに自生している細身のシノダケを手の幅に合わせ十四、五本の束にして網代に編む。青い丸竹がやがてあめ色の艶(つや)を放ち、しょうしゃな垣根として庭や邸宅を引き立たせる。佐野は「竹は水を揚げていない秋から冬に伐採する。一本一本の節を払って水にしめしたもみ殻で磨く。この冬の間にしておく下ごしらえが大変なんだよ」。竹の切り時が悪く乾燥が不十分だと、いい垣根にならない。時間と手間はかかるが、その分長持ちする。佐藤造園の佐藤国雄(定昭37卒)は「こういう垣根があると紹介はしているが、仕事には結び付かない。技術を磨き、伝える機会が少なくて残念だ」と憂慮する。 もともと沼津垣は魚の干物を砂浜や海岸沿いで干す時に風や飛砂除けに使われていたらしい。網代垣の一種として江戸時代の造園専門書にも登場する。その存在が脚光を浴びたのは昭和五十三年と六十一年に専門雑誌が取り上げてから。佐野は「国内各地からぜひ教えてほしいと言われ、講習会を開いたこともある」と振り返る。 コミュニティー活動の活発化や伝統芸能の復活で出番が増えた楽器の一つに太鼓がある。県内では数少ない製造元が中井由郎(昭27卒)。「祭り太鼓にも地区地区の特徴がある。三島のシャギリはちょっと高めで、互いに競り、消し合おうとする。富士宮は直径が大きめで、低く遠くまで響く音を出す」。微妙な音色の違いもわきまえ、西は清水、東は湯河原、南は下田から注文がある。 太鼓の生命は荒胴。樹齢百五十―二百年のケヤキを使う。かつては天城山系のケヤキも使われたが、今は東北産に頼る。荒胴に命を吹き込むのが一カ月はかかる牛皮の張り込み。いずれも乾燥が完全でないとひび割れが出始め、音に狂いが生じる。中井は「材料選びの目が肝心。怖いのは胴の乾燥が行き届いているかどうかだ」。柔和な表情の奥で職人の目が光る。 このほか、栃木県那須に染色工房風布を構え、伝統の藍染めをベースに立体的な作品にも挑戦する渡辺興(昭39卒)らがいる。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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