![]() | <84> | 2002年1月26日掲載 |
二十六年の全国大会へは山本守光、植松宗俊、成田実(いずれも昭27卒)らが出場した。百十メートル障害で山本が優勝をさらったのを筆頭に、四百メートル決勝に植松、成田がコマを進め、同一高校からの二人決勝進出が話題を呼んだ。山本、成田は八百メートルリレーでも三位入賞を果たす。また前年に続き、山静大会で陸上部は総合優勝に輝き、連覇を達成した。 伊藤孝彦(昭28卒)は二十七年に百メートル、二百メートルに出場した。伊藤は百メートルの優勝候補と目されていた。決勝では全員がほぼ一線に並んでテープを切り、結果は五位に終わった。伊藤は「その夜は眠れず、宿泊先の浅間温泉で山中を一人歩いた」と振り返る。悔しさは翌日の二百メートルではね返し、優勝を飾った。表彰式で校旗が揚がるのを見ながら「これで先輩たちに“勝ちました”と報告できる」と胸を熱くした。 部員らの快進撃を後押ししたのが多くのOBからの激励や指導、惜しみない支援だった。中島鎮也(昭19修)は若手OBとして合宿にも参加し、部員と共に走った。当時、沼津西高の教員で数学を教えていた中島は部員の勉強の面倒も見た。「自分が現役部員だったころ、武藤唯一(昭7卒)、杉山正夫(昭10卒、故人)などの先輩がしょっちゅう練習場に来てくれた。自然と後輩の応援にも行ってしまった」と伝統を振り返る。斉藤了英(昭9卒、故人)は大昭和製紙から全国クラスの選手を指導者として送り、部全体の底上げを図った。 昭和二十六年の陸上部の活躍をきっかけに正式にOB会が発足する。年に一回の集いは今日まで続き、旧交を温め合っている。「御殿場線と競走した」と語り継がれる小林完(大14修)、世界マスターズで二十個を超える金メダルを獲得した森田真積(昭6卒)らの大先輩も健在だ。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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