<86>2002年2月1日掲載

第7部 鍛える

山岳部

中国の秘境に踏み込む
標高4900メートルの頂上に立つ沼東青蔵踏査隊=平成4年、中国・青海省
 平成四年夏、山岳部OBで編成した「日中友好・沼東青蔵踏査隊」は、中国南西部の青海省からチベット一帯にかけての高原地帯に足を踏み入れた。黄河や揚子江の源流部をたどる旅は一カ月にも及んだ。五千メートル級の未踏峰や異文化を肌で感じ、隊員の胸は弾んだ。

 隊長・河辺治郎(昭26卒)、久保田保雄(昭37卒)、元顧問の島崎孝らの十人が参加。高度障害による頭痛や吐き気、頻脈に苦しみながらも隊員は雄大な自然を満喫し、現地の人々との交流を楽しんだ。福島洋一郎(昭54卒)は「黄河の源流部をぜひ見たかった。チベット文化の遺跡や未開放だった奥地で暮らす子供たちにも会い、得難い体験をした」とかみしめる。

 OB会は昭和六十三年、創部四十周年を記念して正式に発足した。中国奥地への旅は初の大事業。久保田が平成二年に海外行きをOB会へ持ち掛け、大河の源流を訪ねる遠征へと膨らんだ。現地へ向かった隊員だけでなく、倉田純一(昭25卒)、岸田幸雄(昭26卒)らの“留守部隊”や多くのOBが準備や計画、資金・物資の支援にかかわった。

 山岳部OBらは現役のころから「山小屋建設」「未踏峰への挑戦」という二つの夢を温めてきた。五十三年、倉田ら有志は長野・高登谷(たかとや)高原に「香陵高登山荘」を建て、二十年越しの夢をかなえた。

 平成十年からOB会会長を務める久保田は「山小屋も未踏峰への挑戦も、東高時代に先輩から後輩へと自然に受け継がれてきた願い」と振り返る。当時の顧問だった島崎は「卒業して仕事を持つようになっても、山では先輩、後輩のつながりで動くのが面白い」と強いきずなに感心する。

 昨年夏、久保田は百周年事業として現役部員らと共に屋久島遠征に参加。十一月には山荘を拠点に奥秩父へと出向いた。中高年の登山ブームの裏で若い世代の山離れが言われて久しい。「山にもう一度若い人が戻り、長く山登りを楽しんでほしい。そのためにも無名でもいい山を残せるような活動をしていきたい」と新たな夢に思いを馳せる。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

掛中・掛西百年史 榛原高校百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年

引佐高の百年 田方農高の百年

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