<91>2002年2月10日掲載

第7部 鍛える

フェンシング部

指導者に恵まれ急成長
後輩らに交じり練習に励む芦川聡子さん=沼津東高
 「マルシェ(前進)」。掛け声とともに、剣を手にした部員らが一斉に前へ出る。十人程が前後に動くのがやっとの体育館ステージが、フェンシング部の練習場だ。三年が引退した後も一、二年に交じって芦川聡子(3年)は練習に励む。

 東高でフェンシングに出会った芦川は、平成十二年一月にジュニア五輪女子エペの部でいきなり優勝する。「だれが強いかも分からないからプレッシャーもない。気持ちと運で勝てた」と結果と実力の落差を自ら感じていた。本場イタリアでの練習などを乗り越え、少しずつ手ごたえを感じ始めたのが二年の夏。「全国で勝つことをはっきり意識するようになった」。目標が定まり、積極的に練習をこなした。

 優勝狙いで臨んだ昨年のインターハイは五位と不本意な結果に終わったが、全日本選手権大会は三位に入り、インターハイ優勝もある前田友紀(平12卒)に続いて史上二人目の高校生メダリストとなった。今春から立命館大に進学。「まずは世界で勝てる選手に。いずれは五輪にも」と着実に階段を上る。

 芦川、前田を全国に送り出したのが、平成二年から部員の指導に当たるアドバイザーコーチ・高田康修。攻撃型の指導の裏で「生きる上で大切な、決断して実行できる力を身に付けてほしい」と人間性あってこそのスポーツを説く。芦川は「技術はもちろん自主性を持つことを教わった」と高田の指導を振り返る。

 三月の全国高校選抜大会は部長・三浦貴子(2年)らが団体フルーレに出場する。予選の東海大会では名門・岐阜女子商を破り、念願の優勝を手にした。「芦川さんを追い抜く勢いで全国優勝を狙っていく」と気合十分だ。

 創部は静岡国体に先立つ昭和三十一年。県フェンシング協会長や日本チームのチームドクターを務めるOB会長・勝呂衛(昭43卒)は「インターハイに出場しても一、二回戦で敗退した悔しい思いが続いた。近年の全国での活躍は、本当に夢のよう」と言葉を弾ませる。

(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。

掛中・掛西百年史 榛原高校百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年

引佐高の百年 田方農高の百年

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