![]() | <95> | 2002年2月22日掲載 |
吹奏楽部が演奏したのは、「シンフォニック・スケッチ」などで知られる米国の作曲家デル・ボルゴが書き下ろした「アツシ・ア・リメンブランス」で、尾上が作曲を依頼した。尾上は「ホルンは三人、クラリネットは四人といった細かなパート編成や、得意な音域などをメールでのやり取りで伝えた」と説明する。 曲を依頼したことを尾上から打ち明けられた部員らは、ひたすら基礎練習を積み、曲の仕上がりを待った。譜面が尾上の手に渡ったのは五月末。東部大会まで三カ月を切っていた。 譜面だけを頼りに、指揮者の尾上も部員たちも手探りで演奏を作り上げた。フルート・湯川恭子(3年)は「楽譜を見て、聞かせどころが多くて難しそうだと思った」と振り返る。パーカッション・池谷知佳(2年)は「合奏を何度もするうちに愛着がわいてきた。部員みんなが曲を好きになったと思う」と話す。 入賞狙いで臨んだ東部大会は二十三校中トップに躍り出た。県大会は四位に滑り込み、念願の東海進出を果たす。思いもよらぬ金賞受賞に部は沸いた。「中学での経験者も多かったが、部員の意気込みがすごかった。よく練習した」と尾上は言う。 翌年三月、沼津市の姉妹都市・米カラマズー市から招待を受け、吹奏楽部は演奏旅行に出掛けた。百周年事業の一環として実施され、部員らは市内三高校との合同演奏やホームステイを体験した。新出聡子(2年)は「日本と反応が全然違う。演奏を聞いて踊り出す人もいてうれしかった」と思い返す。 吹奏楽部は昭和三十四年の創部で、戦前は管楽隊が活動した。三十五年に香陵祭で初演奏を披露し、ステージ部門の花形であると共に、野球の応援をはじめ東高生の歌を支えてきた。 現在、吹奏楽部は三月の定期演奏会に向けて練習中。卒業を間近に控えた湯川は「自主的に練習する楽しく仲の良い部。このままの感じでみんなが演奏を楽しんでくれたら」と後輩を見守る。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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