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 第3章 農業に生きる 

茶(3)

沼津茶支える卒業生
 昭和五十一年、父親と共に茶業に取り組み始めた小野広行(昭43卒)=沼津市柳沢=は、茶園に押し寄せる機械化の波に目を見張った。「この勢いをプラスに生かせないか」。一念発起した小野は代々の生葉売り農家から方向転換し、近代化資金を集めて製茶工場を建設した。「機械化への脱皮はこれからの農業に欠かせない」。小野は徐々に規模拡大を図り、現在百八十キロ二ラインを備える工場は市内でも群を抜く。

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県製茶工場経営コンクールで優秀賞を受賞した小野さん
 昨年の「県製茶工場経営コンクール」では優秀賞の農政局長賞を受賞した。品質向上を目指した系列農家四十戸の肥料の統一や効率的な経営方針が評価された。一日の生葉処理量は三万二千キロ。地域茶業の受け皿的な役割を果たし、「仲間がいて初めて成り立つ」と生産農家との信頼関係に重きを置く。

 スイッチ一つで作動する製茶機は省力化につながる文明の利器だが、実際には見た目や香り、手触りに合わせて時間や温度の小まめな調整が必要だ。「自動と言っても、結局は人間の五感に頼る部分も多い」と小野は基本に立ち返ることを忘れない。

 品質重視を徹底する井出栄一(昭34卒)=沼津市中沢田=は「摩訶茶園」を拠点に茶業振興に力を注ぐ。沼津手揉保存会の初代会長を務めた父、貞一氏の遺志を継ぎ、金岡地区の伝統を守る。近くの茶農家三軒と工場を共同運営し、八十キロ一ラインを稼働させる。生産、製造面のコスト減を狙い、合理的に経営する。

 なんすん農協荒茶共販委員会の副委員長、宮代雄一(昭35卒)=沼津市西沢田=は「沼津茶はよそに負けない」と共販体制を強化してきた。現在市内にある六十一工場のうち八割が参加する共販率の高さは県内でもトップクラス。宮代は「沼津のお茶」としての販路拡大に日々まい進する。

 四月下旬、本格的な茶シーズンの到来に農家の日常はにわかに活気づく。工場内の製茶機械がフル稼働を始め、運び込まれた生葉が次々と荒茶に姿を変える。新茶のさわやかな香りが漂う茶どころを、卒業生たちが支えている。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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