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 第3章 農業に生きる 

キュウリ

大型温室で栽培に工夫
 温暖な気候に恵まれる県東部地域。沼津を中心にキュウリなどの野菜園芸が早くから発達した。昨年五月、JAなんすん施設園芸部会長の杉山光男(昭35卒)=沼津市中沢田=のキュウリ栽培ハウスに、JICA(国際協力事業団)の招聘(しょうへい)事業で来日したフィリピンの農業研修生が訪れた。

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キュウリの収穫に追われる杉山さん=沼津市中沢田
 総勢二十三人。「自国の農業に貢献したいという意欲的な青年ばかり。質問も矢継ぎ早に飛んだ」。杉山はその熱意に答え、蒸し暑いハウスの中で栽培ノウハウを熱っぽく指導した。

 杉山は就農後すぐ、米麦専門だった農業路線から野菜栽培への転向を模索し始めた。「米の減反などで農業に陰りが差し始めていたころ。将来へ向けて何か手を打たなければと思った」。古くからの産地で栽培に歴史があるキュウリに目を付け、約九百平方メートルのビニールハウス建設を両親に掛け合った。「資金面の問題もあって強く反対されたが若さで押し切った」と杉山。生産量が安定してきたのを機に、十七年前に現在の約千八百平方メートルの温室に規模を拡大した。

 一日の収穫量は約三百キロ。杉山が丹精したキュウリは、張りとツヤ、しゃきっとした歯ごたえに定評があり、「ウチのは甘くておいしいですよ」と顔をほころばす。土作りに力を入れ、栽培面積の拡大と共に従来の複条植えから、日光が満遍なく当たる一条植えへと切り替えを図ったのが、良質キュウリの生産につながった。杉山は「キュウリは成長が早いから収穫適期を逃せない。一条化の採用で栽培効率が高まった」と説明し、「手をかけるほど良いものができて面白くなった」と栽培に入れ込んだ日々を振り返る。

 平成七年七月、十五年ぶりに本県で開かれた全野研(全国野菜園芸技術研究会)で、杉山は農業の技術発展や後継者育成への功労を認められ全国表彰を受けた。「今までの苦労が報われた気がした」と杉山。研さんを重ねた日々を思い起こし、胸に込み上げる熱い思いをかみしめた。

 現在、農業協同組合中央会に務める長男の直人(昭62卒)も卒業生。「跡を引き継ぐまであと二十年は頑張りたい」と将来の家族経営が楽しみだ。キュウリの収穫は連日午前八時から。平均二十七度のハウスでの作業は汗だくになるが、学生時代に軟式テニスで鍛えた体力には自信がある。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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