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 第3章 農業に生きる 

稲 作

有機米の出荷に感動
 「地元、大平の農業発展に貢献したい」。六年の就農期間を経て農協に勤め始めた野田昭(昭30卒)=沼津市大平=は強い思いに駆られるようになった。「地域農業の推進はスクラムを組むことに始まる」と一念発起した野田は、「大平の農業を考える会」の発足構想を膨らませた。農協職員として知己が広がったことを生かして先頭に立ち、幅広い参加を呼び掛けた。

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地域農業の推進に取り組む野田さん=沼津市
 元来、豊富な田畑を持ち、農業に熱心な土地柄。稲作や野菜、花き栽培に情熱を燃やす地元青年十八人が集まり、昭和四十五年ごろ本格的に活動が始まった。週に一、二回の会合を開き、野菜などの栽培の基礎を学ぶ勉強会がまずスタート。普通校の出身の若手農家も積極的に受け入れ、地域農業の発展と底上げを図った。シメジや大根、プチベールの試作なども手掛け、結束力が地域に浸透していく経緯を野田は陰で支えた。

 思い出深いのは、稲作農家十戸が協力して販売した地域ブランド「大平有機栽培米」だ。減農薬に留意して試行を繰り返し、約二年かけて出荷にこぎつけた。丹精した米が店頭に並んだ光景に感動を覚えた野田は、「みな大平の米はおいしいという自信を持っていた。ピーク時は合計十八トンを出荷した」と思い返す。依然より規模は縮小したものの、各農家とも栽培熱は一様に高い。

 今でこそ機械化で大幅に省力化した稲作だが、「学校の伝統行事の田植えはすべて手作業で腰が痛くなったもの」と懐かしむ。JAなんすんの経済部長を退職した後、バイク好きが高じて念願のハーレーダビッドソンを購入。農閑期に勇ましくハンドルを握る。

 都市化の波に押される清水町で稲作に励むのは、山本博三(昭29卒)=清水町久米田=。企業を定年退職した後、五千平方メートルの田畑で農業に奮闘する。町内の農家数減少に寂しさも覚えるが、「昔は柿田川の湧(ゆう)水を生かし、おいしい米ができると評判でしたよ」と産地を守る。

 山本晃嗣(昭38卒)=同町久米田=は休耕田の有効活用を狙い、昨年ふれあい市民農園「リュミエルYAMAMOTO」を開設した。五千平方メートルの農地を約八十区画に分けて貸し出し、個人規模では県内でも群を抜く。主婦や現役会社員など、多彩な利用者が野菜栽培を通じて土に親しんでいる。研修旅行や栽培講習会も積極的に計画する山本は、「背広でできる開かれた農園」を目指す。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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