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 第3章 農業に生きる 

庭先販売

評判呼んだ朝採り野菜
 毎週水、土曜日の朝九時。杉田孝雄(昭16卒)=清水町堂庭=の庭先はにわかに活気づく。豊富な品ぞろえが自慢の野菜直売の始まりだ。健康と脱マンネリ化の食卓を目指す主婦のニーズをとらえ、ニガウリやモロヘイヤ、京野菜、スナック豆など多彩な野菜を並べる。うわさを聞いて沼津や三島から駆け付ける固定ファンも増えている。

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庭先販売に立つ杉田さん=清水町堂庭
 杉田は農水省を経て、外郭団体の農林漁業金融公庫に約三十年間勤めた。名古屋や岡山、東京で支店長などを歴任。仕事に打ち込む一方で、田植え期には帰郷して家族を手伝う二足のわらじ生活を成し遂げた。

 昭和五十八年に退職し、自宅を囲む五十アールの田畑と向き合った杉田は次第に悩むようになった。「小規模農家には基準が厳しい市場への出荷はメリットが少なく、収入につながらない」。浮き沈みの激しい市場価格に左右されず、効率よく販売する方法はないか―。模索の中で始めた自家野菜の庭先販売に生き残りをかけた。

 オープンは平成三年の夏。強い日差しを避けるパラソルの下で新鮮野菜を広げた。当初は品数が少なく初日の売り上げはわずか三千円。親戚農家を誘い、量を確保したことで消費者の評価が広がった。「今は消費者の目も高い。目指すのは納得してもらえる野菜作り」と杉田。有機栽培を心掛け、作物の手入れに余念がない。四年前から町立清水西小の家庭教育学級の講師を務め、児童や親たちに土に触れる楽しさを教えている。

 鈴木格(昭32卒)=長泉町下長窪=が自宅前で行う生鮮野菜の直売はことしで八年目。近所の主婦やドライバーらの根強い人気を集める。「市場への出荷とは別に、作ったものを手間をかけずに提供したい」と当時の無人販売ブームに歩調を合わせて開設した。みずみずしい朝採り野菜が評判を呼び、始めてすぐに近所の消費者らが飛び付いた。

 夏場は朝七、八時からキャベツなど野菜を並べ、品切れになると車で二、三分ほど離れた畑に飛んで行き、野菜を継ぎ足した。「直売は思った価格で販売できるのが強み。作れば作っただけ反応があり面白かった時代もあった」と懐かしむ。

 関東で働いていた長男の肇さんが十年ほど前に「農業をやりたい」と帰郷した。心強い後継者を支えに、家族経営で近郊野菜農家の道を突き進む。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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