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 第3章 農業に生きる 

流通・販売

花き普及の中核担う
 浜島孝(昭26卒)=沼津市岡一色=が経営する花き卸売センター「浜島園芸」は、東名高速道路沼津インターと目と鼻の先。全国からトラックが矢継ぎ早に出入りし、取扱量は一日に約二十万鉢を数える。週二回セリが開催される県東部の中核市場の一つだ。

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全国から集まる花き類を管理する浜島孝さん
 浜島の生家は花き生産販売の草分け「沼津農園」。十一人兄弟姉妹の四番目に生まれ、後に農園を継いだ長男太郎(昭12卒、故人)を慕った。「花に興味を示したのは兄と自分の二人だけ」。花き栽培に情熱を注ぎ、県内外を飛び回る父親の姿は今でも脳裏に焼きついている。「多くを教えてもらうことは無かったが、そばで見るうちに知らず知らずに経営のノウハウの基礎が身についた」。

 浜島は少年時代からランに人一倍の愛着を持った。「戦争中は資生堂の社長が趣味で収集していた鉢物の数々が実家の農園に“疎開”してきた。社長から頂いたカトレアにすっかり魅せられた」。高校二年の時には、自分で丹精したランの切り花を東京の市場に一人で持ち込み、周囲を驚かせた。

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“花の広場”作りを目指す浜島義美さん
 沼農卒業後、実家で五年間研修を積んだ浜島は独立し、洋ランの栽培出荷を手掛けた。二十六年前に現在の園芸市場を設立。今は二百を超す業者らと取引があり、二十年余の間、花き流通に携わってきた経験とカンで冷静に売れ筋を読む。「生産農家はいかに売れるものを作るかがカギ。市場の動きを伝えるのも自分の役割の一つ」と積極的に情報収集し、使命感に燃える。

 「沼津農園」の園主、浜島義美(昭42卒)=同市本郷町=は昭和六十二年に他界した太郎の遺志を継ぎ、老舗(しにせ)ののれんを守る。「ゆっくり回って楽しめる“花の広場”を目指したい」と浜島。園内には数百種類の切り花や鉢物、資材がずらりと並び、週末は多くの市民でごった返す。

 ガーデニングブームの到来で客層が一気に広がった。「花の種類に関してはお客さんは驚くほど物知りですよ」と浜島。ホームセンターとの差別化を念頭に置き、客のニーズに合わせて栽培ノウハウを指導するなど、きめ細かに対応する。

 市とタイアップして行う正月の寄せ植え教室は、親の代から二十年以上続く恒例行事。園独自で開くガーデニング講座にも力を注ぎ、妻の芳子(昭44卒)や長男と共に将来は二号店、三号店の出店を夢見る。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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