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 第3章 農業に生きる 

ミカン・メロン

今を支える教師の一言
 ミカン生産者が集中する沼津市の西浦、内浦地区。「青島温州」が主力の池田勝一(昭38卒)=沼津市内浦=は冬場に糖度の乗ったおいしいミカンを届けるため、手入れ作業に余念がない。

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「自分の理想にするメロンを頭に描いて栽培に励む」と話す井出さん=長泉町
 「一番面白かったのは景気が良かった二十代のころ」と池田。同じ地区の同級生、原勝(昭38卒)らと切磋琢磨して栽培に励み、周辺農家と団結して土地改良事業に奔走したのが印象に深い。「ミカンは長期的な視点で基盤整備していくことが必要。将来をにらんで園地を積極的に開墾した」と思い起こす。平成三年には県産ミカンの出来栄えを審査する県貯蔵ミカン品評会で農林水産大臣賞を受賞し、結果を出した。

 後継者不足に悩み、徐々に規模を縮小するミカン農家が増えている。「昔は収穫時になると、東北地方から出稼ぎの若者が泊まり込みで援農に訪れにぎやかだった」と池田。「今は夕暮れ後も貯蔵庫に明かりをともして、夫婦でこつこつ作業していますよ」と額の汗をぬぐう。

 「ほかの産地には負けない」と地元産ブランド「長泉メロン」の栽培に情熱を注ぐ井出昌宏(昭41卒)=長泉町元長窪=。町内の農家六戸で「長泉メロン組合」を結成し、アールス系アールスナイトとネット系のグレースの二種を、中元の贈答用に県内外に送り出している。

 長泉メロンの転機はバブル崩壊後のことだ。売り上げの激減に「それまで生産の中心だったアンデス系からの品種転換を余儀なくされた。生産農家の努力で徐々に現在の品種に切り替えた」と振り返る。消費者に喜ばれる味を追求し、高品質を保つために組合で決めた「一株につき一玉」の鉄則を崩さない。

 糖度がぐんと上がる収穫の一週間前は管理が極めて大切で、「不安にかき立てられて夜中にハウスを見回りにいくこともある」と井出。「つるから丹精したメロンを切り離す瞬間は人間のお産と一緒」と顔をほころばす。

 高校時代は普通科への移行期で、学校の果樹園が縮小されるのを寂しい思いで見つめた。「温室の草取り一つでも気を抜かないまじめな性格だった」と井出。ひたむきに取り組む姿に、「おまえはハウス園芸に向いてるな」と語り掛けてきた教師の一言が今でも励みになっている。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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