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 第3章 農業に生きる 

四ッ溝ガキ

大量脱渋で特産化進む
 小ぶりで種がなく、抜群の甘みを誇る四ツ溝ガキ。食味の良さは折り紙付きで、長泉町特産「するがの柿」としてファンを獲得している。愛鷹山ろくが四ツ溝の原産地。「庭の片隅に自生する“家庭の果樹”から特産地化へつなげよう」と地元農家が唱え始め、その中核を担ったのが高橋久雄(昭17卒)=長泉町竹原=や高田秋良(昭21卒)=同町本宿=たちだ。

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カキ栽培45年のベテラン高田さんさん=長泉町
 完全渋柿の四ツ溝は昭和三十年代から盛んに栽培され始めたが、効率的な脱渋法が長年のネック。湯抜きやドライアイスの二酸化炭素を利用した脱渋が普及したが、処理量には限界があった。高田は「当時はまだ特産地化できる出荷力はなかった」と振り返る。

 士気が一段と高まったのは昭和五十年代。生産農家で全国有数のカキ産地岐阜県を視察した。各農家にはテント式の大型炭酸ガス装置が数基備えられ、一度に一トンもの大量脱渋を実現している光景に一同が目を見張った。「これならいける」と産地形成への自信を深めた高橋は、ノウハウを持ち帰り、町議員活動の中で強く訴えた。

 その後ハウス内での一斗缶育苗などを経て作付面積を徐々に拡大。技術改良を進めて増産を促し、農協からの出荷数は現在の年間平均二千―三千ケース(一ケース五キロ)にまで増えた。四ツ溝ガキ部会長の高田は「元来の単価高も手伝い、着実に出荷量を伸ばしてきた」。最近はエチルアルコールを用いた長期貯蔵に成功し、出荷を分散化して有利販売を進めたい考えだ。

 現在、生産農家の平均年齢は六十―七十歳代。高齢化に合わせた将来の布石として、専門技術者の指導で樹高を従来の約半分に切り下げた。脚立を使った作業は不安定で、作業効率の悪化を招くのが一番の理由だ。高田は「80%を手が届く位置で収穫でき、木を切っても生命力の強さで収量は変わらなかった。やはりここは根っからの四ツ溝の産地ですよ」と今後も地の利を生かしたブランド化を押し進める覚悟だ。

 高橋や高田の後輩、神戸宏之(昭33卒)=同町中土狩=は約一・三ヘクタールの広面積でカキ栽培にまい進する。「いかに品質を向上させるかにやりがいがある」と意気込みを示し、有機質の施肥や農場整備に工夫を重ねて納得いく風味の実現に情熱を注ぐ。神戸は「昔はよくおやつに重宝されていましたよ」と声を弾ませる。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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