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当時合併準備室の一員として進行を見守った内田逸雄(昭30卒)は「組合の新名称には幹部一同が頭を悩ませた」と振り返る。候補名は全国からの公募で集まったが、選考は難航した。「都市名にこだわらず合併を最優先しよう」。宮本組合長らの力強い呼びかけなどが実り、地域性を適切に表現した「南駿」に決まった。合併後、常務に就任した長泉町の鈴木幸治(昭21卒)は「さまざまな曲折はあったが、最終的に合併へ向けて各農協が心を一つにした」と述懐する。 発足後の新体制では総務部長に内田、経済部長に野田昭(昭30卒)らの同級生が顔をそろえ、安全と信頼、豊かさとゆとりある生活を目指す「安・信・豊・遊」のスローガンのもと、事業活動の充実や組合員へのサービス向上に励んだ。 現在JAなんすんは正、準組合員合わせて約二万八百人。職員は四百人を超え、温暖な気候と山と海に囲まれた豊かな自然を背景に地域農業の核としての役割を果たしている。 合併前の組合長経験者には、三度に渡る市内農協の合併を経て生まれた沼津農協の青木昇平(大12卒、故人)、光林稔(昭16卒)、長泉農協にはヤマト芋特産化の地盤を築いた土屋善富(昭21卒、故人)らがいる。 大沼磐(昭26卒)はことし五月までJAなんすんの副組合長。伊豆地域では沼農時代に学校近くで寮生活を送った伊代野清(昭21卒)が旧伊東市農協組合長を務めた。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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