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 第4章 続・歩み 

校歌・応援歌

響き渡れ 夏の球場に
 「愛鷹山の裾ながく、富士をいただくわが街沼津〜」  梅雨の合間のカラリと晴れた青空の下、校舎二階のベランダから勢い良く学校歌を歌う生徒の声が響き渡る。

 夏の全国高校野球県大会へ向けた応援委員会の練習風景だ。団長の鈴木将也(三年)は、「選手には一戦でも多く勝ち進んでもらいたい」と意気盛ん。四年前に達成した初の県ベスト8の再来を望み、割れんばかりの歓声があふれる球場で、「沼津城北」の名をとどろかすことを夢見る。

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声を張り上げ応援練習する現役生たち
 “愛鷹山”の歌い出しで始まる現在の校歌は昭和五十年十二月の制定。詩人藪田義雄が作詞し、童謡「どじょっこふなっこ」で知られる岡本敏明が作曲した。随所に沼津の風光明媚(び)が詠み込まれた名文句が冴える。

 一方で沼農時代の生徒が最も長く親しんだ「眼路もはるか瑞穂垂穂」「土にぞ親しむ吾等の誇り」の旧校歌は昭和初期に原型が形作られた。旧制韮山中の校長を務めた長徳太郎が手掛けたようだが、終戦や普通校への転換を機に歌詞を部分修正して長く歌い継がれた。

 山田鋼平(昭16卒)は「新学期が始まると体育館に集合して校歌や応援歌の練習が義務づけられた。上級生から『大きな声を出せ』と容赦なくしごかれた」と記憶をたどる。かつては校歌と同様に学校独自の応援歌も生徒に親しまれ、現在もその応援歌が生徒手帳に掲載されている。今となっては在校生で歌える者は無く、古いOBの記憶の中にだけメロディーが生きている。

 現役生の応援団は一―三年までの各クラスの代表と有志約四十人。忙しい合間を縫った放課後の短期集中型だ。昨年の応援経験を生かして鈴木が団長を務め、副団長の八木下叔昭(三年)と平山温(同)も後輩を支える。

 「入学したての一年生も次第に声が通るようになってきた」と鈴木。今後は振り付け入りのオリジナル曲も野球部、吹奏楽部らと一緒に準備して行く予定で、さらに応援内容を充実させる。「楽しんで応援する」のがモットーだが、「みんなを盛り立てながらも厳しく指導していきますよ」と白い歯をのぞかせた。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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