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 第5章 卒業生群像

地域を支える(下)

中核的な役割を担う
fujinomiya
「作品作りの合間には散歩や釣りをして過ごす」という村上さん=裾野市深良

 「作意無しに作った作品ほど良いものが生まれたりするんですよ」。裾野市で「深良窯」を開く村上昇(昭46卒)は心を無にしてろくろに向かう。村上は観賞用の陶器ではなく、皿やぐい飲み、茶わんなど実用的な食器類にとことんこだわる。「壊れたらまた同じものが欲しいと言われるくらい、日常生活に溶け込んだものを作りたい」と力を込める。

 村上が陶芸の道に進んだのは二十五歳の時。いったんは自動車会社に務めたが「サラリーマンは向かない」と退職し、模索の日々を続けた。ガラっと心変りしたのは、旅行先の佐賀県で出合った唐津焼きがきっかけ。「土産を選ぶつもりが、自分も作ってみたいという気持ちに変わって」。友人を通じ、栃木県益子町で五年間修行を積んだ。

 約百坪の敷地にはガス窯と登り窯を備え、妻と息子も作陶する陶芸一家。教室を開いて市民に指導する一方で、「見せるための作品作りははがゆい」と個展は開かない。最近は陶房の近くに位置する深良中の生徒が陶芸体験に訪れるなど、地域との関係も深まってきている。北部高では徒手体操部に所属。インターハイにも出場して活躍した。

 静岡国体が来年に迫り県内スポーツ界も盛り上がりを見せる。清水町立南中教諭の朝倉和也(昭53卒)は、県中体連陸上競技強化委員長を務め、「地域での合同練習を重ねてレベルアップを図ることが必要」と陸上界のホープの育成に力を注ぐ。

 朝倉は二十八歳まで一一〇メートル障害の現役選手を続けた。「高校時代は足首のけがに泣かされた」が、日体大に進学後に手術を受けてけがを克服。それまでのうっぷんを晴らすかのように走り込んだ。周りは全国から集まったトップ選手ばかり。「負けまいと人の倍は練習して、四年の時には念願のインカレにも出場できた」と達成感を味わった。

 御殿場市の小学校を皮切りに教員生活をスタートし、「子供たちにはやればできることを常に教えてきた」と朝倉。教え子にはプロゴルファーの天沼知恵子や、ことし世界ジュニア選手権に出場した四百メートル障害の西尾千沙らもいる。南中では、陸上のセンスを見込んで水泳から転向させた佐藤悠基が昨年、三千メートルで中学日本新記録をたたき出した。

 選手の性格をつかみ、持ち味を的確に引き出す指導法。「生徒の活躍はいつでも楽しみ」とほおを緩ませる。県市町村対抗駅伝競走では二年連続、清水町の監督も務めている。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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