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創部以来初のベスト8―。平成十年、夏の全国高校野球静岡大会は、城北高球児にとって忘れられない大会となった。主将の中西健一(平11卒)副主将の豊山良太(同)ら三年生にけん引されたチームは、全員野球で好成績を収めた。 中でも城北野球の底力を見せつけたのが三回戦の小笠高。4―8の劣勢で迎えた八回裏、一気に四点を奪い返して同点に。延長十回に一点を取られたものの、郡司直高(平12卒)の劇的なサヨナラ安打で三時間以上にわたる熱戦を制した。試合前に体調を崩し、体重を五キロ落としながらも奮起したエースの山田和宏(平11卒)は「みなが特別に力を持っていたわけではないが、がむしゃらにプレーしたことが良かったと思う」。 開校以来の快進撃。ベスト8をかけた藤枝北戦は地元の愛鷹球場で行われ、駆け付けたOBや在校生が大歓声を送って盛り上げた。準々決勝では興誠高に敗れはしたが、ナインの頑張りは城北高の球史に輝かしく刻み込まれた。大会前の練習試合は不覚の十三連敗。徐々に調子を上げて本戦に臨んだ。「確実打線の三年生と、むらはあるが元気の良い二年生がうまくかみ合ったのが勝因」と監督の白鳥真利。「とにかく驚異的な粘りを見せてくれた」と選手をたたえる。 四年前の夏の再来を誓う現役野球部の主将を務めるのが、田中進(二年)。九月上旬には秋季大会の県大会出場を決め、チームは波に乗る。「今年はチームワークの良さが特徴。目先の一試合一試合を大切にしていきたい」。練習後に校歌を歌うのが野球部の日課だが、「今年こそは大会の会場で校歌を響かせたい」と意欲がのぞく。 伝統の野球部の創部は昭和二十三年。芹沢政美(昭26卒、故人)と共に第一期として後輩を率いた浜島孝(同)は、「終戦間もないころ。ボールやグローブの数も少なくて、部員で稲刈りのアルバイトをして部費を稼いだりした」と懐かしむ。概して負けが多かったようだが、野球好きの選手たちは暗くなるまで白球を追った。毎年十一月末に開かれる後援会(山本一喜会長)の納会では、OBと現役生による対抗戦が恒例になっている。 社会人野球では、関東自動車のキャプテンを務めた山本光則(昭59卒)、三菱重工業横浜製作所でプレーした松浦哲郎(平5卒)が活躍した。山本は二十九歳で引退する前に日本選手権にも出場。「大切なのは積み重ね。高校の三年間で実らなくても続ければ必ずものになる。あきらめずに野球を楽しんでほしい」とエールを送る。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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