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 第6章 部活動

陸上部

女子中距離に逸材輩出
fujinomiya
インターハイ、東海大会などで活躍した宮崎早苗さん=昭和60年の「松ヶ尾」から

 陸上部は昭和五十年代から平成始めにかけて顧問の草萱鉄弥の指導で躍進する。順天堂大で四年間連続、正月の「箱根」を走った草萱は、中長距離でトップクラスの女子選手を次々に育て、沼津城北の名を高校陸上界にとどろかせた。

 先陣を切ったのが、自己ベストを更新して臨んだ昭和五十九年のインターハイで、女子八百メートル三位に食い込んだ宮崎早苗(昭60卒)。宮崎は国立競技場で開かれた八カ国対抗陸上競技大会でアジア代表として力走した。世界との差を感じたが「カール・ルイスと握手してもらったりして楽しんだ」と懐かしむ。

 先輩宮崎を追いかけた高杉孝子(昭61卒、旧姓山本)は中長距離のエース。六十年のインターハイでの準優勝をはじめ、日中カナダ対抗国際ジュニア三位、日米ソ対抗でも六位に入賞するなど世界選手と渡り合った。卒業後は東女体大に進学し、静岡国際陸上千メートルで二分四十九秒三三の日本新を出した。

 その後もインターハイや東海大会に選手を次々に送り込む黄金期が続き、宮本貴美(昭62卒)、山下由紀子(昭63卒、旧姓高林)、野妻裕美(同、旧姓飯塚)らが活躍。それぞれ静岡国際陸上や静岡リレーカーニバル、一月の京都女子駅伝などにも参加した。

 菊池伸江(平2卒)は女子三千メートルで常に上位を走った。平成元年のインターハイには四百メートルの大木孝尚(平2卒)と共に出場した。高校一年から三年連続京都女子駅伝に出場した菊池は、三年時に九人抜きで周囲を驚かせ、卒業後も松下通信工業、ベスト電器で活躍した。

 草萱が最初に育てたインターハイ選手は柔道から転身した円盤投げの塚田一郎(昭55卒)と女子百メートルの中村かおる(昭56卒、旧姓中村)。長距離では在学中に静岡SBS女子マラソンに優勝した芹沢美佳(昭58卒、旧姓小川)が米国のボストンマラソンに出場。卒業後に川口智美(昭60卒)もSBSマラソンで優勝、小笠・掛川マラソンの女子フルマラソンでは過去三回の優勝を誇る。現在も現役を続ける川口は、「これからもフルマラソンで記録を伸ばしていきたい」と力強く夢を語る。

 平成二年に原川澄枝(平4卒)が八百メートルで東海大会に出場後、陸上部は全国にあと一歩の時代が続く。しかし平成七年の根木谷香里(平8卒)の四百メートルインターハイ出場は久々の朗報で、学校関係者を多いに沸かせた。

 「一人でも多くの生徒が県大会へ」と目標を掲げる現在の陸上部は、一、二年生の十一人。ハイジャンプの選手が東部新人戦の二、四位に食い込むなど健闘。部長大野一朗(二年)を先頭に体力づくりに励む。

(文中敬称略)

【注】カッコ内は卒業年。


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