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昭和三十四年ごろに創部した山岳部は、過去二回、インターハイの出場経験を持つ。 躍進は昭和五十八年から。大仲信吾(昭59卒)落合宏文(昭60卒)長谷川靖憲(同)樋口貴也(同)が県総体二位で東海大会に出場したのが弾みになる。光長寺境内や学校周辺のランニング、ザイルワークなどを通して体力強化に努め、続く五十九年は前年のメンバー落合、長谷川、樋口に、後輩の伊藤浩(昭61卒)が加わり、県予選一位の快挙。東海大会を突破し、秋田インターハイの切符をつかんだ。 また同じ年に県を三位で通過した女子の活躍も光った。平山和美(昭60卒、旧姓伊東)森根恭子(同、旧姓大橋)熊谷美乃里(昭62卒、旧姓相磯)豊竹美香(同、旧姓芹沢)が東海大会に進み、三位と健闘。平山は「体力も知力もいるスポーツ。大変だけれど、山を登り終えた後の充実感は忘れられない」と魅力を話す。 二年連続のインターハイ出場を決めた昭和六十年は、伊藤、中村保昭(昭61卒)井出浩邦(昭62卒)土屋公人(同)らが県予選二位の成績を引っ提げて石川インターハイに臨んだ。結果は前年より順位を上げて七位と躍進。井出は「試合前は三十キロの砂袋を背負って非常階段を毎日上り下りした」と厳しい練習を振り返るが、「天気図の読み方やケガの手当てなど今でも知識として役立つことが多い」と部活での貴重な体験をかみしめる。 現在の山岳部員は六人。毎年三泊四日から四泊五日の夏の北、南アルプス縦走が恒例行事だが、ここ数年はインターハイ予選などから遠ざかっている。古豪復活を見据えて、本格的に始動する日も近い。 運動部の中で昔から生徒に人気が高かったのが軟式、硬式の両テニス部。オムニとクレーコート計四面を備え、夜遅くまで練習が続く。 軟テ男子は昭和五十年代からの活躍が目立つ。五十一年、加藤邦博(昭52卒)池谷弘(同)の同級生ペアが創部以来初めてのインターハイに出場。「とにかく緊張した」と加藤。熱心なOBがよく練習を見に来てくれたことを思い出す。快挙に沸く中で後輩の関根信芳(昭53卒)鈴木章(昭54卒)ペアも奮起し、息の合ったプレーで二年連続のインターハイ出場を決めた。当時顧問を務めた宮崎務は「練習は厳しかったと思うが、みな競い合ってレベルアップしていた」と評価する。 その後も中村博教(平2卒)紺野能央(平3卒)ペアが東海大会で七位に入賞と健闘。硬テ男子も平成三年には団体戦で県ベスト8に入るなど活躍が光った。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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