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校舎正面玄関脇にある石碑には、「伝統なき創造は盲目的であり、創造なき伝統は空虚である」と力強い言葉が刻まれている。創立八十年を迎えた昭和五十七年、当時の同窓会長山田晴美(昭7卒、故人)の発案で完成したものだ。除幕式で、山田は「学校名は変わっても、いかなる困難にもくじけないというわれわれの魂に変わりはない」と訴えかける。その言葉に、参加したある同窓生は「みな同じ思い。胸が熱くなった」と思い起こす。 百年の間、母校を盛り上げた歴代同窓会長たちは、強力なリーダーシップを発揮して、後輩の巣立ちを支えてきた。初代会長の内田庫太郎(明38卒、故人)二代目の平井昇(同、故人)は開校期の卒業生。元県議組の矢野久太郎(大2卒、故人)青木昇平(大12卒、故人)が三、四代目として続いた。 新校舎の完成を待ち、平成六年に挙行された九十周年記念事業は、六代目の宮本譲(昭15卒、故人)が取り仕切る。この時、農学校時代の土地を管理する「愛鷹山組合記念沼農会」の資金をもとに、生徒のための育英基金を創(つく)ることで一致。以来、各学年の成績優秀な生徒を対象に月一万円ずつを奨学金として給付している。 深沢欽之助(昭17卒)から百周年のたすきをつないだ現同窓会長の山本一喜(昭29卒)は、副会長の吉沢忠慶(昭28卒)内田逸雄(昭30卒)榊原正秋(昭35卒)とともに、同窓会活動の活性化について模索してきた。まずは総会への出席者拡大を図るため、これまで本部役員が招集してきた総会を、今後は学年ごとに当番幹事を敷くよう検討している。「今までは沼農時代の卒業生が中心。新しい時代を見据えて北部のOBに移行していきたい」と山本。女性会員の出席にも期待を寄せる。 「百周年を同窓生の求心力に」と、同窓会役員や学校関係者は、十月二十九日に沼津市民文化センターで開く式典や記念事業の準備に追われる。力を入れてきたのが学校百年史の編さん。約二年前から元城北高教諭の小林艸之介、手塚厚夫を中心に、同窓会員や現在の教職員らが手掛け、校史の変遷や卒業生の思い出が凝縮された約五百ページの集大成だ。同窓会では奨学金の給付対象者の拡大を検討するほか、校歌を刻んだ高さ一・五メートル、横二メートルの記念碑を校内の一角に設置。式典後には在校生による司会で、数学者のピーター・フランクルの講演会が行われる。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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