<3>

第1章 卒業生の思い

(2003年3月20日掲載)
目標を自分で見極め
ヤクルト球団チーフスカウト
 小田義人氏(55)

1日1日を大事にしたと静高野球部時代を振り返る小田義人氏=静岡市内

 小田義人(昭41卒)。昭和四十年春の第三十七回選抜高校野球大会。一回戦の秋田高戦で、決勝打を含む三本の三塁打を放った。チームは準々決勝で大会を制した岡山東商に敗れたものの、ベストナインに選ばれ、「静高に小田あり」と名をはせた。

 中学一年の夏、静高は選手権大会で準優勝を果たした。テレビの前でくぎ付けとなって試合展開を見守った。「甲子園に行きたい」。静高に入学し、野球部に入った。

 「炎天下の練習はきつかった。水を飲むことが許されなかったので、ファウルボールを拾いにいったついでに、側溝の水を口にした」。練習が終わるとほっとした。「毎日が極限状態。つらかっただけに一日一日を大事にした」。帰宅後もバットの素振りを毎日百回続けた。

 二年の時、チームは二十三戦全勝という偉業を達成し、自らも本塁打五本、三塁打七本、二塁打四本を含む二十三安打と打ちまくった。「六大学や東都で活躍する先輩が大学のリーグ戦が終わると帰省し、大学野球を教えてくれた。ランニングから投球方法、打球の取り方などをきめ細かい指導を受けた。大学野球を身に付けたことでぐっと力がついた」

 早稲田大、大昭和製紙を経てプロ野球のヤクルトに入団。一塁手として活躍し、日本ハム、南海、近鉄のユニホームも着た。「日ハム時代に経験した首位打者争いでは、勝負を決める最後の打席に立った時、緊張でひざが震えた。残念ながら首位打者は逃したけれど」

 昭和五十六年に現役を引退。スカウト、二軍コーチを務めた。「キャッチボール、トスバッティングを見れば、センスが分かる。プロ野球で一流になるには天性の才能がもちろん必要だが、努力が大切。松井やイチローも人の目に見えないところで、素振りを繰り返している。努力を忘れてはならない」

 投手に対して下半身の強さを求める。「ランニングなどで鍛えていれば、投球フォームがきちんとし、コントロール、テクニックが向上する」。打者は瞬発力も重要。「体の『切れ』ですね。タイミングを合わせて素早いスイングをすることが打者のポイント」

 野球の世界は「横並び」が通用しない。「どういうタイプの選手になるのかを自分で見極めてほしい」

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



静岡新聞へ