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第1章 卒業生の思い

(2003年3月26日掲載)
個性あふれた社会に
東大教授
 伊藤元重氏(51)

個性あふれた社会の必要性を強調する伊藤元重氏=富士市内

 伊藤元重(昭45卒、本社客員論説委員)。昭和四十五年春、東大駒場キャンパス。経済学者ケインズの一般理論を読みふけっていた。テキストは原書。一ページ読み進むのに三時間を費やした。「大変だったが、古典を読んだことが良かった。理解が深まり、面白くて経済学にのめり込んだ」

 同世代の学生とたびたび読書会を開き、意見を交わした。後に東大教授、経済財政諮問会議民間議員を務める吉川洋、日銀政策委員会審議委員となる植田和男、日銀金融研究所長に就任する翁邦雄ら将来の経済研究、経済政策を背負って立つ面々がそろっていた。

 近代経済学の教授陣もずばぬけていた。文化勲章を受章する宇沢弘文、小宮隆太郎をはじめ、そうそうたる陣容だった。「素晴らしい仲間と教授に恵まれた上、背伸びをして原書をたくさん読んだことで、自分自身のものの考え方が身に付いた」

 二十三歳で米ロチェスター大学大学院に留学し、論文の読破に明け暮れた。「奨学金ももらっていたので、いい成績を取るのに一生懸命だった。人生の中で一番勉強した」。帰国後、母校の教壇に立った。

 知力を向上させるため、三つのステップを重要視する。「一つ目は教科書や講義を通して人の考え方を素直に吸収する段階。二つ目は自分の頭で考えて他人に説明したり、書いたりしてみる創造のプロセス。三つ目は相手の反応を受けて、再反応し、自分を高めるプロセス。最終段階までやり遂げる必要がある」

 日本再生のために不可欠なこととして二点を挙げる。「不良債権の処理。厳しいが覚悟を決めてやり切る必要がある。もう一つはデフレからの脱却。この二つを同時にやり遂げることが重要」

 長期的な対策も欠かせない。「人的資源を大事にすることが大切。平等主義を進めた結果、個性を育てる、あるいは知的レベルの高いものを求める気風が薄れた。創造する人、個性あふれた人を生みだす社会にすべきだ」

 静高時代の体育祭で、クラスの出し物が燃えてしまった思い出がある。「大失敗だったが、みんなで力を合わせて学校で一番大きい張りぼてを作り上げたという鮮烈な記憶が残っている」

 いま、若者たちに一番求めたいのは自覚。「ルールがなぜあるのか、世の中の仕組みが、どうなってできているのかを、まず自分の頭で考えてほしい。そして自己の責任に基づいて行動する。そうすれば個性が生まれる」

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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