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長谷川博(昭42卒)。東京から約六百キロ南の伊豆諸島の無人島、鳥島。それまで悪天候に阻まれていたが、昭和五十二年三月、やっと上陸した。翼を広げると二メートルほどの成鳥七十一羽とサッカーボールほどのひな十五羽を目にした。この島でのアホウドリの繁殖調査を始めた。「四年前にイギリス人の研究者が調査した時と比べ、ひなの数が減っていた。絶滅してしまう。始めた動機は単純だったんですよ」 アホウドリは明治時代以降に数百万羽が乱獲され、二十六年に確認された時は十羽ほどに激減した。五十年代後半、営巣地に草を移植する保護工事を環境庁(当時)に働き掛けた。繁殖率を大幅に引き上げる効果はあったが、台風で地滑りを起こして繁殖地が被害を受けた。 新たに地滑りと泥流の対策としてコロニーの砂防工事、アホウドリの実物模型を使ってひなを新しい営巣地に移す「デコイ作戦」を展開。繁殖の成功率が高まり、平成十一年に目標だった千羽を突破した。 「一番うれしかったな。夢のようだった。今では前のシーズンより確実に増えているので、随分安心ですよ。次の目標は五千羽かな」。昨秋には百六十一羽のひなが巣立ち約千四百羽を確認した。営巣地と採食域の環境が現状のまま維持されれば、平成十九年前後には二千羽になる予定だ。 ただ、海の汚染に危機感を募らせる。ひなのおう吐物の大部分はプラスチックの破片。釣り針を誤って飲む鳥も増えている。「このままでは海の生態系が変調してしまう。地球は人間だけのものではない。アホウドリが『海はごみ捨て場ではない』と、メッセージを発信しているんですよ」 静岡高時代は生物部に入部した。野鳥に強くひかれ、早起きしてラジオ番組で鳥の鳴き声を聞いたり、野鳥を観察したりして知識を深めた。「鳥島の気象観測所の職員が書いた『アホウドリ』という本を読んだ。テレビでモノクロのアホウドリの記録番組も見たね」 放課後や休日など鳥を求めて山野を歩いた。「当時は双眼鏡がなく、野外用の図鑑もなかったので、本で読んだ通りに、鳴き声がする方向に必死で歩いて行ったなあ」 鳥島に毎年通い続け二十六年間で約千五百日、今年五月で二十八年目の観測シーズンに入る。「僕はアホウドリの復活が夢だった。若い人も自分で夢を見つけ、実現に向けて努力してほしい」 (文中敬称略) (火、水、木曜日に掲載します。) |