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嶋正利(昭37卒)。パソコンの原型ともいえるマイコン(マイクロ・コンピューター)を世界で初めて誕生させた。東北大卒業後、昭和四十六年にマイコン4004を開発。続いて世界初のパソコンに使われた8080、今も現役の機器を次々と生み出した。世界最大の半導体メーカー・米インテル社の繁栄の礎を築いた一人でもある。 小学校時代から理科に関心を持ち、中学では化学に夢中になった。静高在学時はハーモニカバンドで活躍し、東海地区大会にも出場した。 「知らないことを勉強するのが好きだったから、中学で習わなかった古典と漢文は新鮮で面白い学問だったな。授業時間が長くなって、大人になった感じがした」。一生を共にする友人もできた。 勉強は好きだったが、受験勉強には全く興味がなかった。それでも、浪人して受験のノウハウが分かり、問題を解決する方法を自分なりに編み出した。「子どものころから人と一緒の道を進むのが嫌いで、人に左右されたくなかった。どんなことにも自分なりの工夫を入れるという考え方で今まで生きてきたんです」 大学では化学を専攻したが、重化学工業の不況で畑違いの計算機製造販売会社ビジコンに就職した。入社当時は経理関係の仕事だったが、一年後に電卓の開発部門を志願した。 「『電卓の試作をやれ』と言われたが、試作が何だか分からない。本を買って自分なりにノートにまとめ、一、二年はひたすら勉強していた。自分の道を切り開くことを身に付けたんですね」 プログラムを入れ替えればどんな電卓にも変身するというアイデアを用い、事務機向けの汎用(はんよう)電卓を世に出した。インテル社の米国の研究者と共同で開発に取り組み八ビットパソコン時代を築いた。 「いつも先頭を走っていること。一回でも二番目に落ちると駄目なんですよ。そのためにも、客が期待している以上のものを考える。アイデアを出すのが面白いんです。緊張感の連続でしたけど」 平成九年に科学・文明の発展に著しく貢献した人物を対象に稲盛財団が贈る「京都賞」を受賞した。日本人では四人目。 「常に前に進み、自分が興味を持ったことを一生懸命に取り組むことが一番。失敗しない人生を送るよりも、失敗しても新しいことに挑戦すること。失敗するかもしれないから、チャンスをつかむのには勇気がいるんです」 (敬称略) (火、水、木曜日に掲載します。) |