<100完>

第3章 校史

(2003年11月13日掲載)
校史に輝く文武両道
平成8年以降

野球部が春夏甲子園連続出場(平成11年)
 平成八年度は四十三校の中学から新入生が集まった。隣接学区からの入学志願者が増え、静岡市外の中学十六校からも生徒を迎えた。年々増加傾向にあった女子は初めて百五十人を超え、全入学生の四割を占めた。

 規模縮小が進んでいたギョウ高展はこの年、一時消滅が話題になったが、心配を一掃する内容で催された。仮装は終了後の騒ぎが問題化し、開催継続に暗雲を投げかけた。野球部は創設百周年、同窓会報も百号を迎えた。

 二年続きで入部希望のない文芸部が九年度で廃止された。ギョウ高祭の仮装も過剰な大道具とごみ問題、夜間練習など解決を要する課題を抱え、中止を含めて議論された。

 十年度は野球部が十九年ぶりに選抜高校野球大会に出場。陸上、水泳、テニス、ラグビーも高校総体の東海大会、全国大会に連続出場を果たし、将棋部、新聞部も全国大会に参加した。応援指導部と吹奏楽部が創部四十周年を祝う記念大会を開いた。

 十一年度当初、「史上最弱」と心配された野球部が春夏の甲子園連続出場の偉業をなし遂げた。春は十九年ぶりの出場で2回戦まで、夏は十二年ぶりの出場で3回戦まで進んだ。陸上、水泳、男子テニスも全国大会に出場。郷土研究部は全国学芸科学コンクールの人文科学研究部門で金賞と文部大臣奨励賞を受けた。

 十二年八月上旬、県内各地で第二十四回全国高校総合文化祭が開かれ、文化部が活躍した。ラグビー部は十三年、創部五十周年を記念しスコットランドに遠征した。このころ、生徒の生活調査で六割が塾や予備校に通い、生徒指導地区研究協議会のアンケートで八割が携帯電話を所有する実態が分かった。

 十四年度には完全学校週五日制を実施、入試制度改革で前期選抜と後期選抜を導入した。恒例の教育講演会に斎藤孝明治大学助教授(九十五期)と遠山敦子前文部科学相を招いた。郷土研究部は全国学芸科学コンクールで金賞。陸上、空手、硬式テニス男子、ボウリングも全国大会へ進むなど文武両道は健在だった。

 創立百二十五周年記念事業では、静中・静高同窓会が夏休みに生徒十五人をモンゴルへ派遣した。十五年四月には生徒が「125」の人文字で祝い、野球部が甲子園に出場して三回戦まで勝ち進んで華を添えた。定時制も同年、創立五十五周年の区切りを迎えた。

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



静岡新聞へ