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第1章 卒業生の思い

(2003年4月16日掲載)
世界の至宝を写し撮る
写真家 
 岡村崔氏(75)

写真でミケランジェロに迫った岡村崔氏=静岡市内

 岡村崔(たかし)=昭20卒。ローマ西部、バチカン教皇宮殿のシスティーナ礼拝堂で高さ十八メートルの足場に大型写真機を据え付け、天井に広がるミケランジェロの傑作「天地創造」と向かい合った。すさまじい迫力に負けまいとぐっと胸を張り、シャッターを切った。

 「天地創造」と壁画の「最後の審判」の撮影に取り組んだのは五十一歳の時。「大系世界の美術」「世界彫刻美術全集」の撮影が終わって間もなくだった。偉大な芸術家に少しでも近づくため、ミケランジェロと同じ高所の作業場に身を置いた。「ミケランジェロの目や手の位置に自分を重ね合わせた。追体験することで“巨人”に迫りたかった」

 間近に見る作品から伝わってきたのは美しさだけではなかった。下絵をとめたくぎの穴、輪郭をつくるために付けたヘラの筋があちこちに残っていた。手を抜かず、制作に打ち込んだ作者のひたむきさと強じんな体力に触れ胸が熱くなった。突然、ミケランジェロが背後に現れたような気配を感じた。「びっくりして振り返った。『おまえ何やってるんだ』と見ている気がした」。それからは重圧感がとれた。細部まで迫った写真集は「岡村はミケランジェロのベールを剥(は)いだ」と世界的な評価を得た。

 昭和十五年、静中に入学し、土足のまま教室に入る決まりに驚いた。教師は「これから紳士になるのだから革靴を履いてこい」と告げた。「大人としての自覚を促したのだと思う」。履き慣れたズック靴を新品の革靴に替えた。授業にも面食らった。地理教師は教科書を使わずに華僑の歴史を延々と話し、物理の教師は筆記を許さずに授業内容をノートにまとめて提出するように求めた。「学位論文級の高度な授業で、必死になって話を聞いた。難しかったが、面白かった」

 芝浦工専に進み、卒業後、日大理工学部建築学科に入学した。学外で出会った建築家川喜田煉七郎から、ものの見方を学んだ。「偶然や思い付きで将来は生まれない。過去と現在を徹底的に分析すると将来が見えてくると教えられた」。やりたい仕事がある。「ギリシャから鎌倉までをフィールドにして仏像がどうして生まれ、どうやって日本に定着したのか追いたい」

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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