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大石繁(昭26卒)。昭和十九年に静岡中に入学した。戦後、静岡第一高に変わり、卒業時の校名は静岡城内高だった。 「渡辺藤男先生にお会いできたことが一番の思い出。よき師に巡り合えました」。社会科教師で生徒の思考力、表現力の養成に力を入れた。新聞を授業に取り入れ、生徒に社説への意見を発表させた。生徒たちは社説をそしゃくし、自分なりの判断や評価を級友の前で披露した。 「読書にしてもそうですが、書かれたものを鵜呑(うの)みにするのではなく、その内容を吟味し、自分なりの判断や評価をする。授業で、その習慣を身に付けさせていただきました。『学んでとらわれず』です。自分なりの意見を持てというこの教えは社会に出ても非常に役立っています」 一橋大を卒業し、静岡瓦斯に入社した。常務、専務を経て、平成元年に社長に就任。石油系ガスを天然ガスに切り替える熱量変更を実現し、一昨年、会長職に就いた。 「私自身が直面した問題で一番深刻だったことは静岡駅前ガス爆発事故です」。常務時代だった。事故後、同社は徹底した安全教育に取り組んだ。「原点に返り、保安のイロハのイから勉強をし直しました。数年後、保安態勢が見違えるようにしっかりしたとの評価をいただきました」 熱量変更は社運を懸けた大事業だった。石油系に比べクリーンで資源も豊富な天然ガスへの移行は時代の要請でもあり、二十一世紀のガス事業を展開する上で不可欠なことだった。 「天然ガスの導入にともなう膨大な固定費を償却するため、販売量を増やし、コストダウンも図る必要があった。皆さんよく勉強し、エリア内の工業用潜在需要を掘り起こすなどよく努力された。若手も『われわれの時代は天然ガスでないと発展できない』と真剣なまなざしでした。天の時と地の利に恵まれました」 物事を成し遂げるために必要なこととして挑戦を挙げる。「未来を自らの力で切り開いていこうとするチャレンジスピリットが大切。同じことの継続はリスクもありませんが、発展の余地もないだろうと思います」 読書を重視する。「先人が到達されたものを、いながらにして修得できます。本はできるだけ多く読むに限ります」 (文中敬称略) (火、水、木曜日に掲載します。) |