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第1章 卒業生の思い

(2003年6月3日掲載)
日本初の土木史を著す
東大名誉教授
 高橋裕氏(76)

わき水と小川の思い出を楽しげに語る高橋裕氏=静岡市内

 高橋裕(昭19卒、国連大学上席学術顧問)。一九三五年(昭和十年)、興津小三年の時に静岡師範付属小に転校し、旧制静岡中、旧制静岡高に学ぶ。四七年に東大に進学するまで静岡市西千代田に住んだ。父(高橋郁郎=県柑橘試験場初代場長)、母、姉の四人暮らし。安倍川の伏流水があちこちでこんこんとわく田園地帯。各家にはわき水の水槽があった。

 「ぼくと同じ年代の人はわき水の記憶があるんじゃないかな。あふれた水が小川に流れ、メダカやドジョウをよく採った。ホタルもいたよ。田んぼにはカエルがいっぱい。話ができないほど鳴き声がやかましかった」

 中学から帰ると、まき割りや風呂たきが日課。秋にはイナゴ採り。母が作ったイナゴのつくだ煮は「おいしかった」記憶がある。

 約五千戸が全半焼した四〇年の静岡大火で焼け跡の整理に動員された思い出がある。

 翌年、太平洋戦争が開戦。

 中学や旧制静岡高で軍事教練に明け暮れた時期もある。その中でおぼろげに工学部への進学を考えていた。戦後二年目、東大第二工学部土木工学科に入学。「戦争直後で国土荒廃がひどく、毎年大水害もあった。まず、復興しなければ」と土木、河川工学の分野に進んだ。

 東大で十九年間教授を務め、八七年の退官後、名誉教授に。河川審議会委員、国際水資源学会理事など国内外の公職を務め、二年前から国連大学上席学術顧問になった。

 多数の著書の中で「河川工学」(九〇年、東京大学出版会)が土木学会出版文化賞(九二年)、日本初の土木史の教科書「現代日本土木史」(九〇年、彰国社)の刊行が明治村賞(九四年)の受賞につながった。

 「それまで土木の歴史は学問になっていなかった。初めての土木の歴史教科書をぼくが書いた」

 九八年には土木学会の最高賞「土木学会功績賞」を、二〇〇〇年のIWRA(国際水資源学会)総会ではアジア初のクリスタル・ドロップ賞を受賞した。世界水会議理事、国際水資源学会副会長として活躍する。

 「水危機が進行している。穀物や牛肉などを輸入して世界中の水を飲む日本の生活は、地球全体と関係があることを知ってほしい」

 一般向けの近著「地球の水が危ない」(岩波新書)などで水問題と日本の役割などを訴えている。

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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