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第1章 卒業生の思い

(2003年6月5日掲載)
途上国の行政改革に力
国連元ガバナンス・行政部次長
 鈴木絲子氏(62)

国連で約30年間仕事をした鈴木絲子氏=浜松市内

 鈴木絲子(昭34卒、立命館アジア太平洋大教授、静岡文化芸術大非常勤講師)。昭和四十四年から平成十二年まで約三十年間、国連で開発途上国の行政改革とそのための人材育成に力を入れた。八年からは経済社会局の「ガバナンスと行政」プログラムのチーフとして、東欧やアフリカを中心にして精力的な活動を繰り広げた。

 「シンガポールでの体験が私の人生に大きく影響しました」。国際基督教大行政大学院時代にシンガポール国立大に留学した。独立し、マレーシア連邦からも脱退した同国では、国づくりと自国民のための行政をつくろうと懸命な努力が続けられていた。感銘を受け、研究に没頭した。帰国後、行政の国有化をテーマにした論文で修士を取得し、職場も国際支援をする国連を選んだ。

 開発途上国に適した行政システムを目指す計画を策定し、行政運営に必要な知識を修得してもらうための研修を各国、各地域で実施した。

 植民地政策によって自国の行政機能が崩壊してしまったアフリカ諸国の姿にじかに接した。「途上国の発展にこそ、しっかりとした行政システムが必要ですが、そうした国々は、一から行政基盤を整備し、かつ、環境対策など世界が直面する問題にも対処しなければならない。大変な重荷を背負わされています」

 印象深い仕事ばかりだ。九〇年代半ば、ニエレレ元タンザニア大統領を中心としたアフリカ統治制度国際会議もその一つ。「大混乱の末、民主化、分権化などが合意され、各国で実施に向かった。よかったと思います」。女性の地位向上にも力を入れた。

 国際援助が長続きしない無念さも味わった。「途上国が自助努力するにも資金が不可欠。途上国を不安定にしておくことは世界全体の不安定要因を増やすことにもつながる。もっと強力な国際支援が求められています」

 昭和三十一年、静高に入学した。当時、女生徒が少なく、体育の授業は一―三年生の女生徒が一緒だった。その中の一人が現在、文部科学大臣を務める遠山敦子(昭32卒)。「美人聡(そう)明で、あこがれの的でした」

 アジア太平洋大の学生の半数は外国人。「日本の学生はもっと意見をはっきり言ってほしい。世界への発信も」

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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