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第1章 卒業生の思い

(2003年6月17日掲載)
音読に加え暗唱も大切
明治大文学部教授
 斎藤孝氏(42)

著作、講演も精力的にこなす斎藤孝氏=静岡市内

 斎藤孝(昭54卒)。静高硬式庭球部に入部し、放課後だけでなく、授業の前、昼休みにも時間を惜しんでラケットを握った。「夢中で打ちまくった。何万球も。今でもサービスなどのイメージが頭に浮かぶと筋肉がぴくぴく動く」。練習メニューも自分で組み立てた。「僕はシングルスで勝たなければならなかった。練習の意味を問い直し、勝つために必要な練習方法を考えた」

 国語科の授業が忘れられない。古典や評論などの読破が求められた。夏休みや冬休みには副読本が出された。「読んで、休み明けには覚えておくようにとの課題だった」。国語教師の小倉勇三は授業中、論語や孟子などを音読させた。「何度も声を出して読み、書いて覚えた。暗唱するのが当たり前だと思っていた。国語の授業が今の僕の素地になりました」

 地理教師の鈴木明徴は世界地誌図書の文献表を作り、生徒に関連本を読ませた。「それが読書を本格的に始めるきっかけでした」

 東大法学部を卒業し、同大学院教育学研究科博士課程を経て大学の教壇に立った。教育学、身体論、コミュニケーション論を教える傍ら、著作、講演も精力的にこなす。著書「身体感覚を取り戻す」で新潮学芸賞を受賞し、「声に出して読みたい日本語」はベストセラーとなった。

 「文章には作者の身体性が入り込んでいる。声を出して読むとそれを写し取りやすい。作者に手取り足取り教わっているという感じです。意味だけでなく、書いている当人の心と体の在り方がつかめる」。音読とともに、暗唱の重要性を指摘する。「暗唱できる人は自由度が広がります。きちんと覚えていれば話し言葉にも引用できる。漢詩も言えたほうがいい。英語もそうでしょう」

 暗唱もトレーニング次第。「スポーツと同じです。身に付くまで反復練習をする必要があります。体に染み込ませれば忘れない。技として習得することが大切」

 小学校時代から教育に関心を持っていた。「資源のない国だと教わっていたから、国を支えるのは人しかないと思った。人の根幹は教育。教育を何とかしたいと思っていた」

 志を重視する。「公のためとか、何か大きなことのために、自分がやれる仕事はなにかと考えると、自分を生かす道が見えてくるはず」

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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